「僕の描いたバレッタがテレビに」73歳の蒔絵師
10月末には、自身が総裁を務める日本工芸会が主催する「日本伝統工芸展金沢展」などを訪ねるために石川県を訪問。金沢市の県立美術館では、能登半島地震によって自宅や仕事場を失った輪島塗の作家で人間国宝の前史雄さんらと懇談した。
この日の佳子さまは、まとめ髪に朱色の輪島塗の髪飾りとイヤリングをつけていた。手掛けたのは、輪島市で輪島塗の漆器を扱っていた「八井浄(やついきよし)漆器本店」。夫婦で店を経営する八井フク子さんは、こう話す。
「能登半島地震でお店も全壊して、展示していた輪島の品もすべてダメになってしまいました。ただ、蔵に置いていた在庫だけは助かったのです」
八井さん夫婦は拠点を金沢市に移し、オンラインのみで輪島塗の工芸品の販売を続けていた。
佳子さまが訪問した日、店の工芸品を手掛ける輪島塗の蒔絵師から八井さんに電話があった。
「僕の描いたバレッタがテレビに出ているよ」
73歳の蒔絵師は、ふだんから口数が少なく、「またテレビでやるから見てね」と言ってサッと電話を切った。しかし、とても嬉しそうな声だったという。
内親王の「アクセサリー公務」
佳子さまがつけていたバレッタもイヤリングも、同じ蒔絵師の作品。「とても美しい弧を描く蒔絵師さんなんですよ」と八井さんは言う。
佳子さまがつけていたのは、朱の漆に金や銀粉を蒔き、絵を描いた蒔絵のイヤリング。アワビ貝を散りばめた螺鈿(らでん)と、小さな金片を埋め込んだ「切り金(きん)」の細工が施された美しい品で、価格は税込み39600円。同じ蒔絵師による朱色の蒔絵のバレッタは品切れ状態だという。
「朱は見る人を元気にしてくれる色。また朱の漆は、あたる光によって落ち着いた色味に感じたり、逆に鮮やかな赤に見えたりと表情を変える奥の深い色です」(八井さん)
輪島塗は、デザインとなる意匠を決めてから、器のベースとなる「木地」を「木地師」が作り、塗師による「下地」の工程、「中塗り」、塗りの最終工程である「上塗り」、そして蒔絵や沈金といった優美な装飾を施す「加飾」など、複雑な工程を経て作られる。それぞれの段階にはたくさんの職人が携わるため、ひとつの工芸品が仕上がるのに1年ほどかかるという。
「こうした伝統工芸品がまだまだあることに、世間の関心を向けていただくきっかけとなった。職人たちも工芸の世界にいる人間も感謝しています」(八井さん)