矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)
矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)

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「『お金ならなんとかなる』と人は言うけれど、『何とかしてくれる人』はほとんどいない。」

 三重から上京するも「仕送りナシ」。大学が一括窓口となる奨学金は、一時金30万円のみ……。そんな苦境の中でも諦めず、お金がなくて何度も一人で泣きながら、それでも立ち上がり続けた矢口太一さんが強く感じた、「人生のスタートラインに立つ」ことの意味――。本書で矢口さんが最も伝えたかったこと。

スタートライン

 18歳で上京してからたくさんの人と出会う中で、ある時ふと気づいた。

 僕がこれまで必死にもがいてきたのは「スタートラインに立つための努力」だったんじゃないのか? ということだ。

 東京大学に行くんだ! と、周りの目を気にしながら、何度も折れそうな心を奮い立たせて「旗」を掲げながら踏ん張らなくたっていい世界があるということ。

 明日を生きるお金をどう工面するかにエネルギーの大半を使い果たさなくとも、運転免許だって、海外経験だって、いろんな経験に「自己投資」できる世界があるということ。僕がこの「スタートラインに立つための」戦いを途中棄権すれば、きっと僕には「才能がなかった」「根性がなかった」、そんな評価がなされるであろうということ。そのことに気付かなかった。

 僕は「スタートラインに立つための努力」の過程で何度も心が折れそうになった。何度も負けそうになった。そして今僕は、自分たちの立つ場所のはるか先に「スタートライン」があることさえ知らない「普通の人たち」がたくさんいることも知っている。

 この社会の全ての人のバックグラウンドを同じくすることなど不可能だ。そんなことはできない。ただ、この社会に生きる人たちが、僕のような「普通の人たち」が、「スタートラインに立つための努力」を少しでもしなくて済むように力を尽くすことはできるはずだ。僕はそのために力を尽くしたいと思う。そして、「スタートラインに立つための努力」を必死にしている人たちの口から「自分は才能がないから」「根性がないから」、そんなことを言わせたくない。

 この社会の「ルール」を決めるのは、「スタートライン」に立ち、それぞれのレースで先頭を走る人たちだ。「スタートラインに立つための努力」をしなくちゃいけない僕たちは、その「ルール」を決める人になれる可能性は必然的に小さくなってしまう。その結果として、僕ら「普通の人たち」から大きく距離のある「ルール」が(悪気なく)作られることになってしまう。

 だからこそ、僕たちは、何としてでも「スタートラインに立つための努力」を続け、「スタートライン」に立ち、「ルール」をつくる土俵に立たなくちゃいけない。そして、後に続く仲間たちの「スタートラインに立つための努力」を少しでも小さくできるよう力を尽くすのだ。

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