東京大学三鷹国際学生宿舎
「ここか…!」
スマホを持っていなかった僕は、事前に印刷していた路線図を見ながら、何とか吉祥寺駅に着いた。駅前にドラッグストアがあったので、とりあえず歯ブラシと歯磨き粉を買うことにした。
「どれを買おうか…」今までは母の買い物に「ついていく」ことは多かったけれど、どれを買うかを「決める」ことは多くはなかった。
「これでいいかな…」一番安い歯磨き粉を手に取ると、いつも家で使っているのと同じものだったことに気が付く。
「そうか…。今まで、もっといいやつ買ってよ! ってねだっていたけど、自分で買うってこういうことなんか…」
胸がちくりと痛んだ。
バスに乗り、20分ほどで最寄りのバス停に着いた。地図を広げ、寮に向かって歩く。
5分ほど歩くと、むき出しのコンクリート壁の年季の入った建物が並んでいた。
「東京大学三鷹国際学生宿舎」
ここか…。思っていた何倍も「ぼろい」。そんな印象だった。
指定されていた時間が近かったので、共用棟へ向かう。留学生も多いみたいで、中国語や韓国語の会話も耳に入ってきた。寮生活の説明を受け、鍵を受け取って部屋に向かった。
「おお…狭い…」
通路とベッドがある。そんな小さな部屋だった。
そして、いくつか先に届いていた段ボールからトイレマットを取り出し、トイレを開けた。
「え…? トイレ? シャワー??」
衝撃だった。
トイレの個室にシャワーがついているのだ。「トイレとシャワーが同じ」ということは事前の資料を見て知っていたけれど、いわゆるビジネスホテルのようにトイレがあって、シャワーカーテンで仕切った先にバスタブがある、そんなものをイメージしていた。
実際は、トイレの一室にシャワーがついていたのだ。
シャワーを浴びれば、トイレは水浸しだ。
「トイレマットとかは、置けへんな…」
がくっと肩を落として僕はその場にしばらく固まっていた。
「キラキラ」とは程遠い、大学生活が始まった。