姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 メディアで識者や学者から「尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は日韓関係をいい方向に向けてくれた。こんなふうになるのは残念」とか「次の政権は反日政権になる」という憂慮の声が上がっています。しかし、「親日」か「反日」か、という二元論で見ていると韓国で起きていることはよくわからないのではないでしょうか。

 尹大統領の第2次朝鮮戦争になりかねない危機の「捏造」をテコに非常戒厳の宣布に打って出た無謀な「冒険」は、日本有事に繋がり、日本の安全保障を根底から揺るがすことになりかねず、うわべの「親日」のレッテル貼りでは、日本の安全保障は確保されないことを示唆しました。

 日本にとってベストなのは、韓国が北朝鮮と一定の対話を保ちつつ、日本と友好的な関係を深めるようなスタンスを取る政権が成立することでしょう。現在の南北関係は当面、南北の体制の存続を認めた上での平和共存の枠組み作りを優先せざるをえません。そうした枠組み作りに日本がどれだけ貢献できるかが、日本の安全保障にもプラスになるはずです。なぜなら、朝鮮半島が「緩衝地帯」として日本の安全保障にとって死活的な意味を持っているからです。

 南北の平和共存という「現状維持」を踏まえて北朝鮮とも交渉力を持ち、日本とも交渉力のある韓国の政権が、日本にとって安全保障上のカナメになります。その意味でかつての金大中(キム・デジュン)元大統領の包括的な対日、対北朝鮮政策を再評価すべきです。日本とは小渕恵三元首相と日韓新時代を演出し、同時に南北首脳会談で金正日(キム・ジョンイル)氏との首脳会談も実現した「太陽政策」。それが生きていた時代は、東アジアには比較的平和な「小春日和」が続いていました。

 こう考えれば、韓国に対する「親日」か「反日」かが粗雑な認識枠組みであることがわかります。「トランプリターン」で日米韓の協力関係が望めない以上、北朝鮮を核保有国として承認しかねないトランプ政権のスタンドプレーに、日韓が一体となって歯止めをかけるべきでしょう。今年は日韓基本条約60年です。日韓はエリゼ条約を結んだ独仏のような二国間関係を築き、朝鮮半島全体をにらんだ安全保障を考えていくべきです。

AERA 2025年1月13日号

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