核廃絶のメッセージを多くの人に伝えていかなければいけない時に、担い手がいなくなることに強い危機感を持った。核廃絶を「活動」ではなく「仕事」にする覚悟を決めた。大学を卒業し、昨年4月に立ち上げたのが「かたわら」だ。核兵器の廃絶には「被爆者の記憶」ではなく「彼らと出会った記憶」を語り継ぐことが大切だという。被爆者の「顔」を想像できる文化をつくることが必要だ、と。
グローバル・ヒバクシャ、取材を通し核の本質に迫る
「単に被爆の証言であればテキストを読めばできます。そうではなく被爆者の方々の生き様や、何を考えどう生きてきたかを伝えることが重要。そうすることで被爆者の方の顔を想像でき、核兵器の恐ろしさを知り、問題意識を持ち、核廃絶に繋がります」
若者を動かす原動力は、核が「今ある危機」と肌で感じているからだ。
「第2次世界大戦から80年近くたつのに、核は今もそばにあり、兵器としてこの世界に存在しています」
と話すのは、古賀野々華さん(ののか、23)。9月に早稲田大学を卒業し、フリージャーナリストとして「核」の問題に向き合っている。
福岡県の出身。活動の原点には、高校3年生の時の米北西部ワシントン州のリッチランドへの留学があった。街は、長崎に投下された原爆の原料のプルトニウムを製造した場所だった。高校のロゴマークは原爆のキノコ雲。授業では「原爆は第2次世界大戦を終わらせた」と、日本と全く逆のことを教わった。国が違うとどうしてこうも見方が違うのか疑問に感じた。
大学でジャーナリズムを専攻していた時、ロシアのウクライナ侵攻が起きた。侵攻後、プーチン大統領が「核兵器の使用」をほのめかした。核はすぐ身近にあると知り、自分にできることは何か自問した。原爆の被害を知ることだと思い、広島の被爆者に会いに行った。話を聞き、カメラを回し、原爆は「絶対悪」だと気がついた。
「全く罪のない普通に生活している人たちがターゲットにされ、命が奪われます。しかも大量虐殺の兵器です」