親族に危害が及ぶのではないか…
聞くところによると、この病院のリファラル採用は、紹介を受けて入社した人物が辞めずにそのまま3カ月継続勤務すると、紹介した従業員(今回のケースは恵)に対して病院から報奨金として4万円の金銭が支給されるというのだ。コツコツと時給で汗水流すより、誰かれ構わず勧誘して入社させたほうが効率的に稼ぐことができる……恵は金欲しさに美和を勧誘したにすぎなかった。
本来のリファラル採用は、推薦する従業員は最初の声掛けをするだけで、具体的な雇用条件は、入社前の段階で採用担当者が正確な説明を行い、双方が事前に合意した上で入社させるべきものである。
一方、この病院のように、人手不足が慢性的で逼迫(ひっぱく)している会社では、恵のような報奨金目当ての従業員に採用が丸投げされ、甘言をろうした不正確な説明を基に採用しているケースは少なくない。この制度は身近な人間関係を利用することが多いことから、たとえば事業所に近い人材を口コミで集めることに適しているなどのメリットもあるが、その濃密な関係性に金銭が絡むと感情的になり、むしろ始末が悪い。不誠実な採用活動が横行すれば、それこそ地域社会で企業にとって悪い評判が流布され、結果として採用が難しくなるというデメリットにつながる。
結局、美和は、3カ月間だけ我慢して勤務してから退社することにした。だまされたことは悔しかったが、恵に対して病院から報奨金が支払われるのを待ってから辞めたのだ。なぜか。恵の口から自分の悪口が学校に流布され、自分の子どもたち、特に次男がまたいじめられることを懸念したからだ。美和はこう落胆する。
「親族に危険が及ぶことを懸念して辞められない……まるで闇バイトと同じね」
転職の“闇”は、実は身近に存在しているのだ。
(川野智己)