温暖な気候のマレーシア。塾に通う子はほぼおらず、学校から帰った子どもたちはマンションのプールで楽しく遊ぶ(写真:藤原さん提供)
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 少子化で子どもの数は減っているのに対し、中学受験は年々増加している。競争の激化により、早くから塾にと小学校低学年から通わせる保護者も増えている。自身も中学受験を経験した都内在住の母親が、環境を変えるべく教育移住に踏み切ったのは、どの国だったのか。AERA 2024年10月21日号より。

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「娘も私と同じような窮屈さを感じてしまうかもしれないと思いました」。そう振り返るのは、2022年4月からマレーシアに住む40代の藤原マリエさんだ。東京都世田谷区育ちの藤原さんは中学受験の経験者。結婚後も同区に暮らしていたが、中学受験の状況は昔よりもエスカレートしていた。「小学1年生から塾に通うのが当たり前という状況になっていて、そこに子どもが巻き込まれるのがいやだなと思って、海外も視野にいれることを考えはじめました」と話す。

 情報を集める中、気になったのがマレーシア。たまたま友人が住んでいたこともあり、娘が2歳の頃に現地を訪れいくつかのインターナショナルスクールの視察を始めたが、本格的に移住が視野に入ったのは娘が5歳の時だった。コロナ禍で幼稚園も休園が続き、公園で遊ばせるのもままならない。遊びたい盛りの幼児を自宅に閉じ込めておくのは不憫だった。舞台制作やタレントマネジメント会社など、エンターテインメント系ビジネスを手がける会社を経営していた藤原さんの仕事もオンラインに切り替わった。これならば、キャリアも中断せずに移住できるのでは?と気づき、陰性証明があれば渡航ができたハワイに観光ビザで入国し、お試し滞在することを決めた。夫(当時50代)は日本での仕事を中断することができないため、家族と離れて日本に残った。

 娘は日本の幼稚園にあたる現地のプリスクールに通い始めた。思いのほか馴染んだため、観光ビザで滞在可能な最大期間の3カ月の間、現地で暮らすことにした。仕事は、リモートでもできるものに絞った。

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学費かかるがコスパ◎