興梠一郎さん(こうろぎ・いちろう)/1959年生まれ。外務省専門調査員(香港総領事館)、同省国際情報局分析第2課専門分析員などを経て現職。著書に『毛沢東 革命と独裁の原点』など

 また、「反スパイ法」で昨年にはアステラス製薬の社員が拘束されるなどの動きも相次いでいる。そんな状況で駐在員がビジネスをすることは、極論すれば「戦場」に送り込んでいるのともはや変わらない。日本企業はそこに早く気づくべきです。

 もちろん、今回の事件から透けて見える「反日感情」を考えることも重要です。中国側は「偶発的な個別の案件」として、犯行の動機を明らかにしていません。ただ、いくつかの「点」をつなぎあわせると浮かび上がってくる「線」はあります。

 今年4月にも蘇州では日本人駐在員の男性が首を切りつけられる事件が起きています。6月には日本人母子が襲われ間に入った中国人の添乗員が死亡。今回とあわせてまず「目に見える点」が三つある。加えて9月の事件が柳条湖事件と同じ日付に起きたこと、犯行場所が日本人学校からわずか200メートルの路上だったことなどの状況も、目に見える「点」と言えます。

 さらに水面下での「点」もありました。昨年8月の時点で日本の外務省は「日本人学校を訪問する際には周囲に気を付けるように」という趣旨の注意喚起を出している。いま読み返せば、これは驚くべき文言です。当時、処理水の問題に関して中国政府が「核汚染水」などと大々的に世論を煽ったことで日本大使館や日本人学校などに嫌がらせの電話が殺到しました。その時点ですでに、日本人学校につながる不穏な空気はあったのです。

 これらの点をつなぎあわせれば、今回の事件の要因としての「反日感情」という「線」は見えてくる。「反日」以外の動機もあるかもしれませんが、中国側が情報を出さないので、「反日」の要因を排除することは難しいと思います。

(構成/編集部・小長光哲郎)

AERA 2024年10月7日号

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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