リカちゃん遊びをやめなければ
「3歳くらいから、リカちゃん遊びはいつも一人でした。自分で物語を作るんですけど、登場人物がどんどん増えていって、最終的に人形だけじゃ足りなくなるから、鉛筆とか洗濯ばさみを50個くらい使って、合唱隊やコーラスを作ったり、色ごとに敵と味方みたいにグループ分けしたりして遊んでいたんです。あまりにも設定が細かいから、友達と一緒にはできなかった」
もしも、リカちゃん遊びを理性でやめたりしなければ、理恵さんは今ごろどんな大人になっていたのだろう?
「トルストイの『戦争と平和』という小説は、登場人物が500人以上出てくると言われているんですよ。そういう小説を書けるようになっていたのかな。……まあ、冗談ですけど」
「正しい生き方」のゆくえ
理恵さんは自嘲的に笑った。今からでも軌道修正はしないのだろうか。
「ええっと、なんかそういうのができなくなっちゃったというか。たぶん今は普通の人よりも妄想ができない。ドラマとかも観られなくなっちゃったし。例えば、好きな俳優とかアイドルとかを推すにもやっぱり妄想が必要じゃないですか。そういう気持ちも、今は全然持てない。自分でも、あのころに戻ったほうがいいんじゃないかと思ったりもしたけど、ちょっと現実的にできない。頭の中で想像ができないんですよね」
幸せな生活を求めて、自分らしさを失ってしまう。私は、現代人の「正しい生き方」の現実を見たような気がした。
苦しい気持ちを言葉にしたら
それから半年後、理恵さんに心境の変化があったという。久々にメールをすると、こんな言葉が返ってきた。
「少しづつではあるけれど、自分に自信が持てるようになったり、子どもとの付き合い方も上手くできるようになって、良い変化があったんですよ。インベさんにお話したことによって客観的に自分の状況を見ることができたし、共感が得られないのではないかと思うようなことも聞いてもらえたたことは大きかったと思います」
研究活動も順調だという。苦しい気持ちを言葉にすることで、創造へ向えるようになったということなのか。ひょっとすると創造性さえ取り戻せば、破壊衝動は消えていくものなのかもしれない。
(構成/ノンフィクション作家・インベカヲリ☆)