番組とCMの構成比は、以前から逆転して、65パーセントが番組、のこりの35パーセントがCMとなる。そのことの了解を親会社のJR東日本にもとらなくてはならない。
そして車内で流れる番組を、乗客は見ないという選択肢はない。その強制性があるから、NHKをうわまわる公共性をもたなくてはならない。暴力やエロはもちろんだめ。キスシーンも出せない。先端恐怖症や多穴恐怖症の人もいるから、たとえば小さなキャラクターが画面いっぱいにというのもだめだ。
そうしたなかで、車内の番組だからこそ、できる番組を作ろう。
こうしてできたのが、たとえばサイレンタリーという1分間のドキュメンタリー。
子供に父親の仕事をしている姿をみせて感想を言ってもらう(字幕で)、というただそれだけのものだが、じんわりと心が暖かくなる。
授業で教えている聖心女子大学の学生たちが話題にしていたのが「黙喜利」という1分間のお笑い番組だった。ずっと昔にあった街頭テレビのように、ひとつのコンテンツを大勢の人間が見てあれこれ話題にするという効果も、移動という誰もが一日に必ず行う行為に付随する媒体をつかったメディアではできる。
佐藤や中里によれば、毎週のべ8400万人もの人が、この「TRAIN TV」が流れる10路線を利用しているのだという。
第1四半期を終わった時点で、出稿したクライアントの数は25パーセント増、売上も増加したという。10月には、番組改編を含む大きなリニューアルがある。
他の私鉄や東京メトロは、このコンテンツ主体のサイネージの行く末を固唾をのんでみまもっているが、佐藤らによれば、新聞やテレビと違うのは、私鉄や地下鉄は直接に競合をするライバルではないのだという。「将来的には連携をしたい」と言った。
テレビのキー局とローカル局のように連携し、「TRAIN TV」のコンテンツを私鉄や地下鉄、首都圏以外でも流せるようになれば、移動という不可避の手段で制覇する巨大メディアの誕生ということになる。
※AERA 2024年9月23日号