中3の2月、伊藤は将棋連盟事務局から声をかけられ、朝日杯準決勝、決勝の記録係を務めた。伊藤三段の目の前で、藤井五段は羽生善治竜王、広瀬章人八段(肩書は当時)を破り、史上最年少15歳で全棋士参加棋戦優勝、六段昇段を果たした。
「(決勝での藤井の妙手▲(黒将棋駒)4四桂は)自分は見えてなかったような気がします。やっぱり秒読みになってからの指し手の精度がかなり高くて。かなり先を行ってる人だと感じました」
高校に進学した伊藤は、ほどなく辞める決断をした。
「進学校みたいなところに入ってしまい、課題も多く、やっぱり大変だったので」
三段リーグは強敵揃いだった。伊藤は4期目、女性初の棋士を目指す西山に敗れた。
「当然勝つつもりだったんですけど、剛腕で押し切られたという印象です(苦笑)」
伊藤は2期目、兄弟子の坂井に敗れた。坂井は惜しくも四段昇段はできず、将棋界を去った。それでも現在の藤井八冠、伊藤七段を相手にそれぞれ1勝0敗という成績の人は、ほとんどいないだろう。
「伊藤匠がタイトルを取ったら、僕はそれを自慢して生きていこうと思ってます」
2023年、竜王戦七番勝負を前にした伊藤挑戦者の激励会で、坂井はそう言って、屈託なく笑っていた。(構成/ライター・松本博文)
※AERA 2024年1月22日号