玉置太郎(たまき・たろう)/2006年に朝日新聞社入社、大阪本社記者。著書『移民の子どもの隣に座る─大阪・ミナミの
「教室」から』で3月に坂田記念ジャーナリズム賞受賞。長男の育休中は行き詰まると公園に出かけた(写真:本人提供)
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 男性の育児休業取得率は前年度からほぼ倍増の30%に達した。実際に育休を取得した夫が家事育児に専念して感じたことは。朝日新聞記者の経験を紹介する。AERA 2024年9月9日号より。

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 今、人生で2度目の育休を取っている。朝日新聞記者として働く私(41)は、7月に次男を授かり、同時に父親として、1年余りの育休に入った。

 日々、赤子のおむつを替え、ミルクを飲ませ、上の子を保育園に送り迎えし、一家の3食を用意し……。慌ただしく時間が過ぎ、同じような毎日が巡る。

 厚生労働省が7月末に発表した統計で、民間企業の男性の育児休業取得率は昨年度、過去最高の30%に達した。前年度からほぼ倍増。女性の取得率(84%)との差はまだ大きいが、男性育休は少しずつ「当たり前」に近付きつつある。

 私もかつては、残業上等の長時間ワーカーだった。記者特有の不規則な呼び出しや出張に対応し、締め切り前は深夜まで、原稿に向かった。

 4年前に長男を授かり、育休を考えたのは、もともと保育士だった妻(40)が、小学校教員をめざして通信制大学で勉強し始めていたからだ。妻は出産後に教育実習へ行くことになり、前後を含めた5カ月間、私が育児休業を取ることにした。

 ためらいはあった。周囲に長期育休を取った同僚男性は見当たらず、誰にも相談できない。30代後半の働き盛りでキャリアを中断する不安もあった。上司に難色を示されるのを恐れて、手続きには必要ないのに、取得理由をA4用紙1枚に詳細にしたため、提出した。

 育休に入ると何よりまず、新生児の日々の成長がつぶさに見えた。初めて寝返りをした。離乳食の野菜を食べた。お気に入りらしき絵本ができた。子どもにじっくり向き合う時間が生まれ、小さな変化を発見できるようになった。

妻に向かったイライラ

 一方で失敗も多かった。合間時間のつもりで読書をしていたら、妻に「本なんか読んでる暇ないやろ。何のための育休よ」と叱られた。今思えば必要な家事・育児が見えておらず、世に言う「取るだけ育休」状態だったのだろう。

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玉置太郎

玉置太郎 (たまき・たろう) 1983年、大阪生まれ。2006年に朝日新聞の記者になり、島根、京都での勤務を経て、11年から大阪社会部に所属。日本で暮らす移民との共生をテーマに、取材を続けてきた。17年から2年間休職し、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で移民と公共政策についての修士課程を修了。

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性根を入れかえたきっかけは、妻の教育実習