「モノマネの天才」で知られるお笑いタレントの松村邦洋さん(57)。歴史上の人物、俳優、タレント、プロ野球OBなどレパートリーは幅広く、老若男女から愛されている稀有な存在だ。【前編】のインタビューでは、下積み時代から共に過ごした先輩で、2022年5月に逝去したダチョウ倶楽部・上島竜兵さん(享年61)との知られざるエピソードや、09年4月に参加した東京マラソンで倒れて心肺停止になった以降の気になる健康状態について語ってくれた。
――高校時代から地元・山口県や広島県系列のテレビ、ラジオ番組に出演してモノマネで人気だったとうかがっています。上京したきっかけを教えてください
大学生のときにフジテレビ系列の地方局で、ケーブルさばきのアルバイトをやっていたんです。先輩に「片岡鶴太郎さんがいるから行ってこい」って言われてあいさつにうかがったら、「知ってるよ。話を聞こうか」っておっしゃっていただいて。鶴太郎さんに東京に来るように誘われて、大学を辞めて20歳の9月ごろに行ったんですけど、不安でいっぱいでしたね。
鶴太郎さんは恩人
――上京した後はどのような生活をしていたんですか
カラオケ、ショーパブでアルバイトしていたんですけど、酒飲んで体調を崩したらダメだなと途中から気づきました。鶴太郎さんが相談に乗ってくれて、「夜中の12時半ぐらいに上がれ。朝の5時まで仕事したらだめだよ。何をしに東京に来たか分からないだろ」って言われました。バイトで飯を食べるくせをつけるのはやめようと。鶴太郎さんは恩人ですね。芸人の仕事が1つもないのにワンルームの部屋を太田プロが借りて住まわしてもらったのも、鶴太郎さんの後ろ盾があったからだと思います。
――お笑いの道を辞めようと思ったことはありましたか
辛い思いを何度もしましたけど、辞めようと思ったことはないですね。爆笑問題さん、浅草キッドさんとかみんなによくしてもらいましたし、ダチョウ倶楽部さんにもご飯を食べさせてもらっていましたしね。