前号でも紹介したように、小野寺は4歳の時に発症した急性脳炎の後遺症で、脚だけでなく両腕にも若干のまひが残る。両手を同じタイミングで動かすことが苦手で、重いものを持つとバランスを失って落としてしまう危険性がある。そのため、バーベルを持ち上げるような動作はこれまで避けてきた。しかし、今ではその弱点を克服するために、ウェートトレーニングを少しずつ取り入れている。
最も大切にしているのは、「感覚」だという。
トップ選手のフォームをYouTubeで繰り返し見て、分析する。最近は、東京パラリンピックで四つの金を獲得したマルセル・フグ(スイス)の動画をよく見る。ただし、単純に有名選手をマネすることはしない。自身の感覚と一致させてから実践に移す。
頭の中に明確なイメージができあがったら、King & Princeのヒット曲「TraceTrace」をバックミュージックにして走り、リズムを作っていく。この曲を選んでいる理由は「曲で使われている音とテンポが、走っている時に一番合っているから」だという。もちろん、小野寺はKing & Princeのファンでもある。
パラでのメダル獲得の夢は、パリ大会での実現を目指す。尚子さんは、こう話す。
「陸上を通していろんな人と交流して、いろんな場所に行く経験ができて、成長しているのを感じます。パリでは、練習でしていることを十分に発揮して、自己ベストを更新してくれたらいいですね」
パリで感じる風は、今までに経験したことのないものになるはずだ。
(フリーランス記者・西岡千史)
※AERA2024年9月9日号