二宮金次郎、西郷隆盛、真田幸村、忠犬ハチ公、桃太郎、卑弥呼......。歴史上の偉人や戦国武将たちを模した、日本各地あらゆる場所で目にする"銅像"。



 モデルとなった人の出身地や居住地、逸話を残したゆかりの地などに建てられ、いまでは当たり前のように街に溶け込んでいる銅像の数々。しかし、墨威宏さん著『銅像歴史散歩』によると、もともと日本には銅像を建てるという習慣はなかったといいます(銅製の仏像はありましたが、人物をかたどった銅像はありませんでした)。



 幕末から明治初期にかけ、視察や留学で欧米に渡った日本人は西洋の文物や技術や街並み、そして街に立つ偉人の形をした銅像に驚嘆。そこで欧化政策のひとつとして、銅像を建てることが企図され、1893年、日本初の本格的西洋式銅像とされる東京・靖国神社の大村益次郎像が完成しました。



 その後、日本の銅像づくりは単に西洋の模倣をするだけに留まりませんでした。着物を着せたり正座をさせたりと、欧米にはない形の銅像が次々に登場、日本風にアレンジされていったといいます。



 そして近年では、マンガやアニメにまつわる銅像までもが町おこしの一環として全国各地に次々と登場しています。



 鳥取県境港市の"ゲゲゲの鬼太郎"、同県北栄町の"名探偵コナン"、東京都葛飾区の"こちら葛飾区亀有公園前派出所"と"キャプテン翼"、東京・桜新町の"サザエさん"。兵庫県宝塚市の手塚治虫記念館の前には"火の鳥"が。2015年には、西武大泉学園駅前の大泉アニメゲートにアトム像が登場。川崎市の小田急向ヶ丘遊園駅前やJR宿河原駅前、等々力陸上競技場にはドラえもんやパーマンの像。富山県のJR高岡駅近くには、ドラえもんやのび太ら主要キャラクターの像が並ぶ"ドラえもんの散歩道"を見ることができます。

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