「ヨウ素水」の次は、「念力」
しかし、“戻ってきた”母の心の奥底には、深い自責の念が巣くっていた。
訴訟を通じてZ社が繰り広げた主張は、「○○様(母)はご自身の意思で株式を購入したのであって、当社は詐欺や脅迫はしていない」というものだった。母自身も「子どもたちに止められたのに、聞かなかった私が悪い」と自分を責めるようになった。
再び心のよりどころを求めた母は、今度は“念力”が込められているとうたう健康商材にのめり込んでしまう。結果、精神科で処方された薬を飲まなくなり、うつ症状が悪化。「全部なかったことにして、死んで楽になりたい」と口にするようになり、危ないと感じた和美さんは今年5月、母の様子を見に実家を訪れた。
「突然来られたら心が落ち着かない!」
何度もそう繰り返し、見るからにオロオロとしていた母。頬には、謎のマークが書かれた大きなシールが貼られていた。
「口の中にできものがあって、がんかもしれないから今度精密検査を受けることになったの。すごく怖い。でもこのシールを貼れば、良い結果になるかもしれない」
ぼうぜんとする和美さんに母はそう説明した。シールの値段を聞くと、「2万円くらい」と返ってきた。和美さんは、「またこんなものにハマって!」と叱った。それが母との最後の会話になった。
4日後、母は自宅の風呂場で手首を切り、命を絶った。
第一発見者のケアマネジャーから連絡を受けた和美さんが実家に駆けつけると、家じゅうに血の匂いが立ち込めていた。遺体は既に搬送された後だった。和美さんは「バカなことをして!」と取り乱したが、霊安室で対面した母の顔は生前よりもずっと穏やかで、それだけが救いだったという。
「いろいろやってみたけど、お母さんの心まで救えなくてごめんね。お母さんは全然悪くないよ。よく頑張ったよ。あとは私がかたきを取るから」
和美さんは、冷たく硬直した母の手を握りしめ、泣きながら誓った。
警察にも相談したのに…
母がZ社にお金をつぎ込むようになった時、和美さんは各所に相談したが、消費生活センターや警察には「被害者本人から連絡がないと何もできない」と言われた。友人には「なんで家族が止められないの?」と言われ、洗脳の実態を理解できない様子だった。
そこで和美さんは、いつか訴訟を起こそうと、親族と一緒にZ社の講演会に参加したり、Z社に金銭的被害を受けた人とSNS上でつながったりと、必死で情報を集めてきた。その中で、Z社の元社員に接触し、株主を増やす巧妙な手口について話を聞くことができたという。
「Z社の幹部たちはコーチングの講座に足しげく通い、不安を抱えている人を見分けるすべや、人に信頼してもらう技術を日々磨いているそうです。相手は、心の隙につけ入ってお金をむしり取るプロ。根が素直な母が一瞬でだまされるのも無理はないと思いました」(和美さん)