去年、消費者庁から依頼があり、マルチ商法の注意喚起動画に出演した際の和美さん(左)と母。和美さんは、朗らかな笑顔を見せる母の姿を見て、洗脳が解けてすっかり元気になったと安心していた

 きっかけは、オルゴール療法を通じて知り合った78歳の女性から、「ガンに関する素晴らしい講演会がある」と持ちかけられたことだった。誘われるまま講演会に行くと、

「このコロイドヨード(ヨウ素水)を飲めばガンが副作用なく治るし、再発もしない」

「研究開発中の薬のため、当社の株主にならないと、コロイドヨードは買えない。さらに今株を買えば、価値も上がり、高額な配当金も夢ではない」

 と説明され、母はヨウ素水だけでなく未公開株にも手を出してしまった。この未公開株は、他の人に販売すると紹介料がもらえるマルチ商法の形式をとっていた。母は、数百万単位の支出をまかなうため、慣れないセールストークで周囲に株式の購入を勧めるも、まったくうまくいかない。ついに貯蓄も尽きてしまった。

「すっからかんになったけど、幸せ」

 その状況を勧誘者の女性に相談すると、「こんなビジネスもあるよ」と、さらに別のマルチを紹介され、消費者金融で400万円の借金をつくってしまう。いよいよ首が回らなくなった母は、「配当が必ず入るから、100万円応援してほしい」と和美さんに泣きついてきた。

「当初は野垂れ死ぬまで放っておくつもりでした。私や弟をはじめ、家族はZ社から手を引くよう何度も説得したのに、母が突っ走った結果だったから、どうしても許せなくて……」(和美さん)

Z社への洗脳状態にあった時の母と、和美さんのLINEのやりとり

 だが親子の情もあり、弁護士に相談することを条件に、姉弟で借金を肩代わりした。母は当初、「裁判なんてとんでもない」と嫌がり、3年間でつぎ込んだ総額1555万円を返してほしいとZ社に電話をかけたが、体よくあしらわれた。親友だと思っていた勧誘者の女性とは、連絡すら取れなくなった。

 ようやく自分がだまされていたことに気づいた母は、Z社との訴訟に本腰を入れて向き合うようになった。同時に、和美さんの勧めで精神科を受診すると躁うつ病と診断されたが、投薬治療によって状態は落ちつき、対話ができるようになった。

 和美さんは、洗脳から抜け出した母の様子を、こう振り返る。

「母は『すっからかんになったけど、子どもたちが生活を立て直してくれて私は幸せ』と話していました。去年、消費者庁からマルチ商法の注意喚起動画への出演依頼があり、『罪滅ぼしのために一緒に出ない?』と誘ったら、うなずいてくれて。以前の元気な母が戻ってきて、私と夫は『近いうちに温泉旅行にでも誘おうか』などとはしゃいでいました」

暮らしとモノ班 for promotion
防災対策グッズを備えてますか?Amazon スマイルSALEでお得に準備(9/4(水)まで)
次のページ
頬に謎のシールを貼り、現れた母