
本当は、母を責めるのではなく、その不安に寄り添うべきだった。だが、洗脳状態の母を前に、焦りを押し殺して穏やかに接するのは難しかった。
「平気で月に100万円近く使う母を止めるには、厳しい口調で注意するしかありませんでした。生前母が愛用していた“念力”をうたう手帳には、『子どもが優しくなりますように』と書かれていた。母の生活を守るために手を尽くした私たち家族よりも、見かけだけ優しく話を聞いてくれるマルチの勧誘者を頼ったのかと、絶望しました。母にどう接すればよかったのか、今もずっと考えています」
「あなたたちに人の心はあるんですか?」
マルチ2世として、母亡き後も苦しみ続ける和美さんだが、それでも、「私は母の娘でよかったです」と言い切る。
「だって、楽しかった思い出もいっぱいありますから。2人で買い物に行ったり、銀座でパフェを食べたり。『あんたといるといろんな発見があって面白いわね』って言ってもらえて、うれしかったです。母の死後、実家から私が19歳の頃に贈った手作りのネックレスが出てきて、大事にしてくれていたことがわかりました。マルチにさえ引っかからなかったら、普通の明るい家庭だったと思います」

母とZ社の訴訟は、出資金1555万円の全額返金という和解案で決着した。だがZ社はその後、他の被害者たちから集団訴訟を起こされ、現在も係争中だ。和美さんは原告団への情報提供などサポートをするとともに、マルチ商法の取り締まり強化を国に働きかけるべく、日本弁護士連合会のシンポジウムに登壇するなど、マルチ被害の事例収集・発信を続けている。
「金と命をビジネスの種にして、だました相手の骨の髄までしゃぶりつくして、訴えられたら自己責任だと言う。Z社には、『あなたたちに人の心はあるんですか?』と聞いてみたいです。母は搾取され続けた人生でしたが、私は絶対に泣き寝入りしません」
株主が経済的逼迫(ひっぱく)や家庭内不和におちいった事例があることについて、Z社はAERA dot.の取材にこう回答している。
「株式の譲渡を受ける方には、『借金または生活費を捻出して譲渡を希望してはならない』『元金補償がないこと及び元金を失う投資リスクがあること理解して申し込みを行う』といった注意事項を事前に確認しておりました。弊社株式の購入・保有を引き金として(家庭内)トラブルが発生した場合には、出資された資金の返還希望を受け付けております。弁護士とも相談をし、株主のQOL向上のために、誠意をもって対応したいと考えております」
Z社は社名を変えて、現在も健康商材の販売や、仮想通貨の購入を勧める講演会の開催を続けており、和美さんはSNSで注意を呼びかけている。
(AERA dot.編集部・大谷百合絵)
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