背景には人口問題が
──ピル解禁から25年たっても、日本のピルの服用率は2.9%と他国と比べても低い。これには若い女性の婦人科へのハードルの高さ、副作用という誤解、避妊目的の場合の保険非適用といった問題もあるようです。
「結局、女性の体のことは何も優先的にされていないってことだと思います。調べれば調べるほど、憂鬱になりますね。少子化の原因にしてもジェンダーの問題が大きくあるのに、そこをすっ飛ばしていると思います。子持ちの家庭にはこれだけ手厚くしている、と言っても、その前段階の性別役割分業の負担とか、そういうことの解決の方が大きいと思うんです。なぜそこに行かないのでしょう。ましてや、ピルで避妊されたら、とんでもないと考えているかもしれません。日本はいまもコンドーム主体です。それは男性主体ということでもあります」
──これに限らず、女性の地位がさほど向上したとは思えません。最近でも声をあげたり、意見を言う女性に対して、「怖い」「かわいげがない」などと、ミソジニー的な攻撃も目につきます。
「女性学・政治学者の岩本美砂子さんの話(6月19日付、朝日新聞「耕論」)では、中絶や避妊をめぐる政策には人口という要素がつきまとい、それは今も続いていると。ピルが普及しなかった理由には、背景に人口問題があります。今だって望まない妊娠をする若い女の子がたくさんいますが、相手が逃げてしまう例も多いと聞きます。子どもをこっそり産んで、死なせてしまう事件もありましたが、そうなると女だけが逮捕される。育てる過程で死なせたりすると、ネグレクトなどと言われて母親の罪は重くなる。つまり、母性が足りないと罰せられるわけです。何十年経っても変わらない、これが現実です。やはり、どんどん女の人から、おかしいと声をあげていかなければ、変わらないと思うんです」
女性ゆえの受難描く
前著『燕は戻ってこない』では代理出産を通じて貧困女性の搾取を描いたように、桐野さんは「女性ゆえの受難」を描き、そして問う作家でもあると思う。本書でも然り。連載からあえて手を加えた箇所が第三章の「私はなぜ塙玲衣子を書こうと思ったのか?」だったという。詳しくは本書に譲るが、この一節を最後に紹介したい。
〈女たちが自分の身体を取り戻し、自分で管理できる社会に、という塙玲衣子の主張は正しかった。そして、塙玲衣子は、女たちがずっと闘い続けていかない限り、それはすぐに奪われてしまう大事なものなのだ、と警鐘を鳴らしていたのだと思います〉
(構成 編集部 三島恵美子)
※AERA 2024年7月29日号