頑なに乱取りを避ける
そして、開示度が勝敗に影響した。1セット目を取られたのは、対応に時間が必要だったからだろう。その後、日本は得意とする情報分析からの対応力を発揮してセットカウント2-1とリードしたが、重要な場面でポイントを取り切れなかった。ドイツの前哨戦を捨てる勇気、つまりは秘匿主義に軍配が上がった。
同じようなことは江村にも当てはまる。世界ランキング1位の江村は、世界中の選手にとって倒すべき相手。3回戦で敗れた相手は同ランキング24位の崔世彬(韓国)。江村は得意とするロングアタックを封じられ、逆に崔にカウンターでポイントを奪われた。事前の研究で対策を練られていたと思われる。
また、阿部詩を倒したケルディヨロワは、来日した際の稽古では、阿部との「乱取り」(お互いが技をかけあう自由練習)を頑なに避けていたという。本気で倒すため、阿部の情報を仕入れるよりも、自らの情報を与えないことを優先したのだろう。
どの競技も、国際統括団体がマネタイズに奔走し、大会数を増やす傾向にある。そこにオリンピック出場に必要なポイントを紐づけ、有力選手たちの出場を促している。選手、チームにとって、それは手の内を明かすことにもつながっている。
情報が広く公開されている時代だからこそ、情報を秘匿する、勝負手を敢えて出さないことが有効になった。現在は各競技でAIによる分析も導入されており、そこからの戦略の立案、遂行が勝負の分かれ目になってきた。流れに逆行し、情報公開を抑えることが効果的になっているのは……なんとも皮肉ではないか。(スポーツジャーナリスト・生島淳)
※AERA 2024年8月12日-19日合併号