年齢は37歳だが、10歳ぐらい老けて見られる。髪は天然パーマで頭部が少し薄くなっている。身長は172センチ、筋肉質。顔は色黒、目はいつも眠たそう。独身、貯金なし。趣味はオートバイのツーリング。夜になれば居酒屋やスナックで酒を飲む。世間的な認知度は低いが、仕事のオファーは途絶えることのない脇役俳優……亀岡拓次。
 戌井昭人の短篇集『俳優・亀岡拓次』の魅力は、この地味な男を生みだし、そして主役にした点にある。
 どうしても派手なイメージがつきまとうドラマや映画の世界ながら、淡々と脇役を演じる亀岡に光をあててみれば、こちらと変わらぬパッとしない日々が見えてくる。周囲に強烈なキャラクターが散在しているため、その情けなさはより鮮やかになり、どれを読んでもどこかで必ず笑ってしまう。二日酔いで演技に臨み、ゲロを吐くたびに監督に絶賛される「吐瀉怪優山形」などは何度笑ったか。小説を読んで腹が痛くなったのは、ずいぶん久しぶりだった。
〈亀岡の日常は情けないことばかりで、不自然で不条理なことばかりがのしかかってくる。だがその体験や経験があるからこそ、間抜けなバイプレイヤーとして、身をたてていられるのだという自負もあった〉
 スティーブ・マックィーンに憧れて役者になろうと決心した男は、37歳の間抜けなバイプレイヤーとなり、情けなさを引きつれながら日常と非日常の境を往来してみせる。いつか主役をといった野望はなく、ほのかな諦観すら漂うのだが、酒が入ればやはりだらしない。しっかり間が抜けていて、その顛末の余韻はこちらの胸をじわっと侵す。
 実は、巻頭の「寒天の街 長野」を読みおえたとき、私はすでに亀岡拓次に魅了されていた。だから、安田顕が映画で演じた亀岡が気になってしかたない。間抜けなバイプレイヤーの晴れ姿、ああ早く観てみたい。

週刊朝日 2016年2月19日号