『生き延びるために芸術は必要か』(1210円〈税込み〉/光文社新書)自然災害、環境破壊、戦争、AIの発達、パンデミック──現代社会は「生き延びる」ことの困難を感じる出来事に満ちており、美術もその影響下にある。セルフポートレイトの手法で作品を制作し、「私」の意味を追求してきた美術家が、「生き延びるとは何か」というテーマに取り組んだ、モリムラ式人生論ノートだ

 他にも多くの文学作品や映画が登場する。小松左京『復活の日』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』、キューブリック「2001年宇宙の旅」といったSF作品。そして明治という時代を考えるために、夏目漱石、司馬遼太郎、松本清張も引用される。

「勇ましいタイトルをつけましたが、結論づけてはいないし、最後の章のタイトルは『生き延びることは勇ましくない』です。私は説教したかったわけではなく、答えのない問いを抱えた自分自身の備忘録として、苦悩の痕跡をノートのようにまとめました」

 森村さんは本の終盤で、こう書く。〈生き延びるために芸術が必要なのではない。生き延びることができないもののために芸術は必要なのだ〉

 さて、本の最後で、森村さんは冒頭に出てきた実家をどうすべきか、芸術的なプランを検討する。どのようなものであるかは、ぜひ本を読んで確かめてほしい。

「役に立つことと、生き延びることは、まったく別問題です。役に立つかどうかとは無関係に、生き延びていてほしいとねがう気持ちが、なにものかを生き延びさせるのでしょう」

 森村さんが言う「なにものか」は芸術に限らないだろう。建築、人間、神宮外苑のような都市空間、あるいはそうしたものを愛おしむ、私たちの気持ちそのものかもしれない。(ライター・矢内裕子)

AERA 2024年7月29日号