動画に合わせて、活弁した。
「このたび2歳の頃から生き別れになっていた妹がようやく見つかったんです」
「DNA鑑定で99.8%一致しました」
即興でできた“新しい物語”に、会場は爆笑だった。
どうして活弁を続けるのか。
「伝統を守らなきゃという意識ではない」
父は芸人、母は中学校教師。一人で留守番することが多かった。だが、テレビを見るのは週に2時間までと決められている。暇を持て余したとき、手に取ったのは、サイレント映画のビデオテープだった。
「家で活弁の稽古をする父は、すごく楽しそうだったんです。楽しそうな姿って、他の人を引き付けるんですよね」
サイレント映画の映像を見ながら、父の音声を頭で再生した。何度見ても同じところで笑い転げた。
「サイレントだからとか、テレビだからとかは意識していなくて、面白いものは面白い。名作映画にメリハリの利いた語りが付くと、その映画が100倍ぐらい面白くなったんです」
弁士の語り口を通せば、自分の日常が面白くなったりして。セルフ弁士を脳内に飼ってみることにする。「チャップリンの冒険」をインプット。
原稿の締め切りに追われる。書き終わらなきゃ休めない。
「自由をわが手に スタコラスタコラ……」
あれ、結構時間をかけたけど、そもそも原稿の構成がおかしいんじゃない?
「絶体絶命の大ピンチ!」
(編集部・井上有紀子)
※AERA 2024年7月29日号