四球連発で1死も取れずにKOされた投手といえば、巨人・橋本敬司もその一人だ。

 85年8月26日の広島戦、先発を江川卓と読んで左打者7人を並べた広島は、左腕・橋本が先発と知り、まんまと裏をかかれたが、皮肉にも王貞治監督の“奇襲作戦”は失敗に終わる。

 橋本は先頭の山崎にフルカウントから四球を許すと、高橋慶、小早川に連続でストレートの四球と、ストライクが入らない。4番・山本浩二の初球にカーブでストライクを取ったのもつかの間、4球続けてボールで押し出し。19球中ストライクはたったの3球だけという乱調ぶりで、早々と定岡正二に交代となった。

 これだけ四球が続けば、当然守りのリズムもおかしくなる。長嶋の併殺コースの二ゴロを篠塚利夫が後逸し、衣笠祥雄の中飛をクロマティが緩慢な動きで安打にしてしまうなど、この回一挙6失点。「江川が今日投げれば中4日なので、もっと間隔を空けたかったのだろう」と広島時代の古葉監督に同情される結果となった。

 巨人対広島といえば、NPB史上初の1イニング6押し出し四球が記録されたのも、78年7月6日の同一カードだった。

 0対0の2回、広島は山本浩が四球で出塁すると、1死後、ギャレット、衣笠、水沼四郎が浅野啓司から3連続四球で押し出しの1点を先制。ここで長嶋茂雄監督は角三男をリリーフに送ったが、これが裏目に出る。角は投手の北別府学に押し出し四球を許し、2死後、正垣宏倫にも押し出し四球で3点目。さらにライトルに右前2点タイムリーを浴びたあと、山本浩にも四球を与え、あえなく降板となった。

 だが、3番手・田村勲も制球が定まらず、水谷、ギャレット、衣笠に3連続押し出し四球。この回だけで10与四球、6押し出しという草野球並みの惨状となり、広島はたった1安打で8得点を記録した。

 今度は連続与死球の記録を見てみよう。

 NPB最多は「3」で、望月卓也(ロッテ)、田島慎二、橋本侑樹(いずれも中日)の3人が記録している。

暮らしとモノ班 for promotion
育児や家事に忙しいママ・パパの味方!自宅がオフィスになるディスプレイAmazon売れ筋ランキング
次のページ
相手は怒りを通り越して呆れていた?1試合7与死球も…