清水国明氏(本人SNSから)

 清水さんは、福井県大野郡和泉村(現、大野市)の出身。高校卒業後、京都産業大学に進学し、同じ大学の後輩の原田伸郎、笑福亭鶴瓶らと音楽活動を始め、1973年に原田とフォークデュオ「あのねのね」で芸能界デビュー。デビュー曲はコミックソングの「赤とんぼの歌」でこれが大ヒットとなり、その後も音楽やラジオ、テレビなど、現在まで長く活動を続けている。

 その清水氏、冒頭でも触れた「噂の! 東京マガジン」のリポーターとしての顔が最も知られているかもしれないが、タレント業と同時に会社経営者としての顔も持つ。現在は6社を経営し、2社の取締役をしているという。

 たとえば、山口県周防大島町で廃校になった小学校を改修し、5G通信基地局を設置。ワーケーション向けのオフィスを整備し、全国から先端企業やIT人材を誘致する「ワーケーションビレッジ」の代表を務める。同町の無人島を購入して「ありが島」という名前をつけた。この島を所有する「ありが島リゾート」社も清水氏が経営している。ここでキャンプ場も開いている。清水氏プロデュースによる日本最大級の人工砂浜「タチヒビーチ」は、立川(東京)、相模原(神奈川)、奈良で展開中。 他には投資会社の経営も。

「『タヒチビーチ』は年間数億円の収益を上げています。でっかい砂場だから、子供たちがペットボトルに詰めて持って帰ることもある。海のないところに人工砂浜を作ったんです。僕の周りには『おもろい』と言ってお金を出してくれる人達がいるんで、選挙戦もおもしろい発想で戦いたい」 

 こうした経験や発想が、そのまま都知事としての仕事にも生かせると主張する。

3回離婚で4回の結婚

 プライベートでは、清水氏は3回離婚し、4回結婚している。そして、驚くことに元妻とは別れた後も「関係はいいです。今でも付き合いがあります」という。

 最初の結婚はタレントの清水クーコさん。1976年に結婚した当時、話題となった。

「クーコとの出会いは仕事場でした。ものすごい明るい子で、みんなに好かれていて、こんな子と付き合ってみたいなと思ってアプローチしました。ところが、結婚生活はうまくいかなかったんです」

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バイクレーサーとしても本格的に活動し13カ所の骨折!