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哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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ドナルド・トランプが今年の大統領選挙に勝利したら世界はどうなるかというシミュレーションに各国の専門家たちは今真剣に取り組んでいる。トランプが大統領になった場合、NATOからの脱盟とウクライナをめぐるプーチンとのディール(要するにウクライナを見捨てるということ)は現実化する可能性が高い。トランプはおそらく(1期目の時にバラク・オバマ前大統領にしたように)前任であるバイデン大統領が始めた政策の多くを覆すだろう。そういう性格の人なのだ。
トランプが大統領になったら米国の国民的分断はさらに深刻なものになるだろう。彼自身に「国民的統合を成就したい」という意欲がないのだから仕方がない。民主主義指数で米国は今10点満点の7.85点、民主化度世界29位の「欠陥民主主義国」に分類されている。2021年連邦議会襲撃がきっかけで「いつ内戦が起きてもおかしくないゾーン」に入った。11月の大統領選の結果次第では何が起きるかわからない(バイデンが勝ったらトランプは必ず「選挙は盗まれた」と言い出すだろう)。
でも、不思議なことに日本の政治家もメディアもこの問題にあまり関心を示さない。
もちろん、日本人は大統領選の帰趨を決することができない。でも、「対岸の火事」で済まされる話ではない。たぶん日本の米国ウォッチャーたちは「米国は」という「大きな主語」で語ることに慣れ過ぎていて、当の米国が分断され、国家意思が奈辺にあるか知り難いような時には語る言葉が見つからないのだろう。
でも、それが「植民地」ということなのだと思う。宗主国民と見れば這いつくばる「買弁」系の人間と、宗主国民と見れば敵とみなす「民族解放闘争」系の人間の2種類がいるばかりで、「宗主国民にも善悪賢愚とりまぜいろいろな人がいる」というごく当たり前のことに思い至らないのが植民地住民の悲劇なのである。
米国にも(少数ながら)日本の主権と民主主義に配慮すべきだと考えている人たちはいる。その人たちと選択的に連携して日米関係を作り直すというシナリオだけ誰も語らない。
※AERA 2024年6月10日号
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