こちらも記憶どおり、パワフルでおしゃべり好きな店主・藤本尚子さん(70代)は、あっけらかんと笑う。
「前は、誰でも自由にパン耳を持って帰れるようにしていたんですよ。でもお客さんたちが『申し訳ないからお金をとって』って言うから、今は20円でも100円でも、お気持ち次第でいただいてます」
900円のパンを“プレゼント”
フォンデュは、創業約40年の老舗。薄利多売のビジネスモデルである街のパン屋が、時代の荒波に負けずに生き残っている秘訣とは何なのか。藤本さんに尋ねてみた。
「いやほんと、大変ですよ。うちはサンドイッチの具の卵サラダなんかも全部手作りで、コストはかかるけど、だからこそコンビニと差別化できる。あとは近所の幼稚園や学校に卸したり、花火大会やお祭りに出店したり、訪問販売も一生懸命やってます」
だが、馴染み客風のネパール人の若い女性が店にやってきた際、フォンデュが長年愛され続ける真の理由が垣間見えた。
女性「お元気ですかー?」
藤本さん「まあなんとか頑張ってるよ。はいこれ、持って行きなさい」
女性「いえ、いつももらってます……!」
藤本さん「いいじゃない、いいじゃない」
藤本さんは、クリームチーズが練り込まれた大きな塊のパンを丸ごと、気前よく女性にあげてしまった。値段は900円相当だというが、「採算は考えない。私、大雑把だから(笑)」と言ってのける。
「売れ残ったパンは、近所の消防団に全部あげちゃうの。夜、ちょうどお腹がすいている時間みたいで、持っていくとみんな喜んで、訓練をやめて全員出てくるから困っちゃう。かわいいのよね」
店は繁盛しているようにみえるが、実際は「利益はそんなにあがってないよ」。それでも、地元に根を下ろし、多くの人と関わり合えることが何よりのやりがいだという。
先の見えない生活難のなか、店と客が支え合う。街のパン屋の姿に、市井に生きる人々のたくましさを見た気がした。
(AERA dot.編集部・大谷百合絵)