TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回は特別展「逆境を乗り越えた大女優 高峰秀子の美学」について。
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村上龍さんの仕事場で「浮雲」を何度見たことだろう。
「これは傑作だよ」
仕事がひと段落すると龍さんは僕にラムと葉巻のコイーバをすすめ、二人してソファに腰をおろした。
敗戦後、別れるに別れられない男女の腐れ縁を描いた原作に成瀬巳喜男がメガホンを、森雅之演じる富岡を相手に日々を過ごすヒロインは高峰秀子。虚無とやるせなさの漂う作品に、僕はいつも違和感を禁じえなかった。
というのも、高峰秀子のそれまでのイメージは「二十四の瞳」に出てくる「大石先生」だったからだ。12人の子どもと若き女性教師とのふれあい。最初に見たのは小学校のときに名画座で。取材がてら映画の舞台になった小豆島に足を伸ばしたこともある。
それにしても大石先生とドロドロの不倫に溺れる女性を高峰はどう演じ分けたのだろう。東京タワーで開かれた「高峰秀子の美学」に足を運んだのも、その疑問が心に残っていたからだ。
「5歳で学ぶ機会を奪われ、肉親の愛情もなく、55歳まで半世紀300本を超える映画に出演……」との文章が掲げられた特別展だった。