炭治郎の弱音
こんな“真っすぐな”炭治郎であるが、ときおり「主人公らしくない弱音」を口にする時がある。それは、最終選別合格後に、炭治郎がボロボロになって、禰豆子と鱗滝のもとへ帰ってきたシーンだ。
<わーーーーっ お前 何で急に寝るんだよォ ずっと起きないでさぁ 死ぬかと思っただろうがぁ!!>(竈門炭治郎/2巻・第9話「おかえり」)
2年もの間眠り続けていた妹がやっと目覚めたのを見て、炭治郎は禰豆子にすがって大声で泣いた。禰豆子は死ぬのではないか、もう起きないのではないかと、炭治郎が悩み続けていたことがよくわかる場面だ。
炭治郎はスーパーヒーローなどではなく、親兄弟を亡くした「普通の少年」なのだ。炭治郎は珍しく泣き続け、禰豆子もろとも、師・鱗滝に子どものように抱きしめてもらった。
炭治郎の弱さ・柱たちの強さ
炭治郎は家族が鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に襲撃されて以降ずっと、鬼による「理不尽な死」を目の当たりにせねばならなかった。そのつらさは想像を絶するものだろう。一つ耐え、二つ飲み込み、三つ我慢して……その悲しみがあふれてしまった時、炭治郎は膝をつき、弱音を口にしながら涙を流す。
たとえば、映画で公開された「無限列車編」のラストシーンでは、炭治郎は、もう動かなくなってしまった炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)を前に、大粒の涙をこぼしながら泣きくずれている。
<こんな所でつまずいてるような俺は 俺は… 煉獄さんみたいになれるのかなぁ…>(竈門炭治郎/8巻・第66話「黎明に散る」)
他の柱たちにとっても、煉獄喪失は心を揺るがす事件だった。しかし、柱たちはその悲しみを言葉にすることはない。鬼という強大な敵に立ち向かうためには、柱はいつも強くなくてはならなかった。心の揺らぎを見せるわけにはいかなかった。しかし、炭治郎はちがう。
この炭治郎の弱音は、私たち読者に、鬼と戦っている鬼殺隊の隊士たちも本当はか弱い人間であることを思い出させる。炭治郎が「弱音をはく」場面で、人間が「強くなる」とはどういうことなのか、ひとつひとつを追体験していく。炭治郎の揺らぎは、人間であるがゆえの苦悩であり、「心」の表出なのだ。