何者かになろうとする
彼は、女性が法律の世界に入るのは時期尚早だと言う。当時女性に司法試験の受験資格がなかったから、突飛な意見ではない。そして「母親一人説得できないようでは話にならない」と続ける。この先、優秀な男と肩を並べて戦わなければならないのだから、と。
寅子は「あのー」と言ってから、一気に語る。母はとても優秀だ、想像していらっしゃるよりずっと頭がよく、記憶力も誰よりもすぐれている、と。「何を言っているんだ、君は」と言われ、こう返す。「ですから、母を説得できないことと、私が優秀な殿方と肩を並べられないことは全く別問題か、と」
私が朝ドラを好きなのは、ヒロインが何者かになろうとする姿が描かれているからだ。そのための一歩に母という存在があるから、ヒロインと母親は違うタイプで描かれることが多い。糸子の母・千代(麻生祐未)もそうで、お嬢様育ちのホワホワと一見頼りなさそうな女性に描かれていた。
だから〈母=優秀〉説を唱える寅子が新鮮だった。フラットに母を観察し、「優秀」と判断する。そんな感じがした。フラットはシスターフッドへの道。寅子を見ているとそう思う。明律大学の同級生・山田よね(土居志央梨)との関係もそうだ。
よねは農家の次女として生まれ、女郎屋に売られそうになって逃げてきた。上野のカフェで給仕の仕事をしながら大学に通っている。男社会を憎んでいて、男性を「殿方」と呼ぶ寅子とは相当に距離がある。
それを埋めたのは「生理痛」だった。自分は一日も授業を休まず、必死にくらいついている。そう語るよねに、生理の時はどうしているのかと寅子が尋ねた。どうということはないとの答えに、生理痛がひどい寅子は、「いいなあ」と言う。よねの背景もあれこれ考えていた。が、「生理痛」でヒョイと飛び越える。シスターフッドの人だと思う。
ところで「虎に翼」は「カーネーション」を意識させる仕掛け満載だ。(1)ナレーションが糸子役の尾野真千子。〈母=優秀〉のシーン、甘味処にはるが登場、「お黙りなさい」と先生を一喝し、寅子の進学賛成へと急展開する。そこに尾野。「こうして最後の敵を倒した寅子は無事、地獄への切符を手に入れたのでした」。楽しい地獄が見えてくる。