林マヤ(はやし・まや)/1958年生まれ、長野県出身。80年代、パリコレなど数々のショーに出演。2009年、茨城県守谷市に移住し、農業に勤しむ。写真(上)は最も痩せていた30歳頃(撮影/横関一浩)

 茨城県守谷市に移住し、野菜作りに励んでいる元パリコレモデルの林マヤさん(66)。これまで食を疎かにしてきたが、価値観を変えたのは二つの経験だ。AERA 2024年5月13日号より。

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 1980年代のモデル時代は「痩せていればそれでいい」という極端な考え方しかありませんでした。24歳くらいの時に、運よくパリコレに出るようになってからはこの思いが加速。私の身長は171センチで、パリコレモデルの中では低い方です。世界中からスタイル抜群のモデルが集まる中、いつ飽きられるかという不安もあり、導き出した生き残り策が「とにかく痩せること」。身長が低くても痩せていれば手足は細く長く、身長が1センチでも高く見えるかな、と。

 その頃はもっぱら「1品目ダイエット」。1週間アイスクリームだけとか、誰かにパイナップルで痩せたと聞けば、パイナップルだけとか。1日3食、それしか食べないから妙な痩せ方をしていくんです。

 今振り返るととんでもないですが、当時は自分の体がガリガリになっていくのがうれしくてしょうがなかった。「これで世界的に通用するスーパーモデルに近づいている!」って。東京とパリを行き来しながら、30歳を迎える頃まで1品目ダイエットを続けていました。

 肌はボロボロになるし、生理は止まる。まったく健全ではなかったけど、食事を顧みることはなかったんですよね。肌荒れはファンデーションを厚塗りすれば照明で飛ぶし、栄養が足りないと言われたら20種類超のサプリメントを手のひらに山盛りにして一度に飲んでいました。ステージ上で輝ければ何でもよかった。健康よりも「細くてかっこいい林マヤでいること」が優先されていました。

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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