脳出血の後遺症でまひが残り、電動車いすで生活する。今回の取材では事前に質問項目を送り、回答をもらい、補足としてインタビュー。会話に加え、筆談でもやり取りした(撮影/写真映像部・上田泰世)

 実業家で、立命館アジア太平洋大学の学長をしていた出口治明さんが学長を退任した。いま若者に託したいメッセージや自身の夢について語った。AERA 2024年5月13日号より。

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 インタビューの部屋に通されると、車いすに座った出口治明さん(76)が「どうぞ」とにこやかに迎えてくれた。

 2018年に立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任。大分県へ単身赴任し、忙しい日々を送っていた。しかし、21年、脳出血で倒れる。命はとりとめたが、右半身のまひと失語症が残った。懸命なリハビリで、1年後には学長に復帰、大分で一人暮らしをするまでに。昨年末に学長を退任し、今年1月からは学長特命補佐として、APUの東京キャンパスに通う。

 読書家として知られ、自身も数々のベストセラーがある出口さんが学長を退任した今、若者や未来にどんなメッセージを託すのか。

今までと違う物の見方

──約6年ぶりの東京生活です。

出口治明(以下、出口):1月に大分から東京に戻りましたが、風景がとても変わりましたね! 有楽町なんかは街の景色も変わりましたし、外国の方もたくさんいる。東京は交通網が発達しているので、思ったよりも車いすでの移動に不便がありません。日本橋にもよく行きますが、エレベーターなども完備されていて快適です。

 今、新しい始まりにワクワクしています。大変なチャレンジもありますが、これまで気がつかなかったことに気づくこともできるはずです。車いすで移動することで、今までとは違う物の見方ができると思えば、そういう生活もまた楽しいですよね。

 21年1月に脳出血で倒れ、いわゆる“マイノリティー”となりましたが、考え方は以前と何も変わっていません。フィジカルに大変だなと思うくらいです。そもそも倒れたときも落ち込むことはありませんでした。リハビリを一生懸命やると決めて、それをやってきました。

 もともと僕は落ち込んだりする性格ではないんです。「済んだことを悔やむ」のは、一番人生を無駄にする行動だと思っていますから。どんなに考えても済んでしまったことはもとに戻りません。そんなことで時間を無駄にせず、次に何をしたらいいか考えて行動した方がはるかに面白い人生を送れると思いませんか?

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