自分は凡人だ、と若葉は言う。監督をするからこそわかる。映画は大勢のスタッフの尽力によって作られ、役者が現場に入る前に9割は出来上がっている。自分にできることはその9割を超えて、みんなが想像する以上のことを提示するだけだと。それでも俳優として、若葉は生き続けていく。

「やっぱり自分が映画に救われた、っていうのがあるんだと思うんですよね。自分が役者である以上は、誰かの逃げ込める場所を一個つくりたい。閉塞(へいそく)や抑圧されている状況から、映画が一歩抜け出すきっかけになればいい。そんな思いは一丁前にあるのかもしれません」

 前出の廣木は「市子」の若葉を見て「めちゃくちゃ大人になった」と嬉しそうだ。14歳で出会った時から、彼の苦悩をその時々で感じてきた。

「演劇一座という環境のなかで孤独だったんだろうなという気がしていて。映画の人たちと出会えて本当によかったよね、って思います」

 若葉が映画「市子」に寄せたコメントを思い出す。

「この映画が寂しくて寂しくて頭がおかしくなりそうなひとりぼっちの誰かに届いてほしいです」

 そう願いながら、若葉は今日もカメラの前に立っている。

(文中敬称略)(文・中村千晶)

※AERA 2023年12月11日号より抜粋

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