日本では見たこともない乗り物もあった(写真:著者提供)
日本では見たこともない乗り物もあった(写真:著者提供)

 わたしの、毎朝こだわって巻いていた前髪も、薄づきになるように研究したナチュラルメークも、ここでは通用しないのだろうか。そんな戸惑いを抱えながら、ハイウエー沿いのホテル群を眺めていた。

 だが、ある地点から急に、視界が馴染みのない景色に覆われていった。すいすいと広い道路を走っていたはずの車たちがぎゅっと集まり、もう車線はないに等しい。どこからともなくごちゃごちゃとしはじめた道路の様子は、まさに混沌(こんとん)ということばを体現していた。

 大勢の労働者が乗り込んだトラック。ヘルメットもなしに家族四人がまたがったバイク。緑と黄色のおもちゃのような見た目をした三輪の乗り物。ときどき見かける真っ黒の外車。それらの間を器用に泳いでいくさびた自転車。ほんの一瞬、道路の脇に、足のない老人が地面をはっていくのが目に映った。

 その混沌のなか、家族三人分のスーツケースが山積みになったバンの後部座席に座るわたし。もう「この程度」なんて言っていられない。やっぱり、すごいところに来てしまった。

■車窓をノックする貧しい少年

 未知の土地への不安と緊張でピンと張りつめたわたしの心臓に、突然電流が走る。車窓をたたく音がした。反射的にそちらに目を向けて、すぐ、また反射的に目をそらした。心臓に流れた電流は一気にボルト数を上げた。

 砂ぼこりにまみれた前髪の束の向こうに一瞬のぞいた、ふたつの瞳。視線をグレーの座席シートに移しても、いましがた目を合わせた少年の姿が脳裏に焼け付くように浮かんだ。色あせたボロボロの洋服。そこから生える枝のように細くやせこけた腕で、窓をたたいている。

 こんな姿の子どもはいままで見たことがないはずなのに、彼がどんな境遇にいるのか察することができた。そして、彼と自分とのあいだには、窓一枚よりもずっと大きな隔たりがあるのだろうということも。

 車はまだ動きださない。彼はまだそこにいる。わたしはまだ目を伏せている。ガラス一枚の向こうに感じる気配と、伸びた爪が鳴らす悲壮な音に、心に走った電流は痛みに変わる。

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自分はここで生きていくんだ