「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」、いわゆる「ハーグ条約」は民主党政権時代に加盟が打ち出され、2014年に発効した。関係が破綻した夫婦の子の扱いを定めた国際ルールであり、加盟国は「連れ出された子」を元の居住国に戻す協力義務を負う。カノジョがしたことは、“法律の正解”からいえば、「誘拐」とされる。夫がカノジョを訴えたら、子どもを元の居住国に戻さねばならない。幸いカノジョの場合は、夫が「諦めた」。そういう意味で運が良かったとは言えるが、「ハーグ条約」締結後、逃げた後に違う景色の地獄を生きなければいけない女たちは無数にいることだろう。

 4月16日、親権を巡る民法改正案が衆院で可決され、成立すれば77年ぶりの見直しとなる。2026年からは離婚後の共同親権が「認められる」ようになる見通しだ。「ハーグ条約」締結から10年後の「共同親権」は、あまりにも10年前の闘いと似ている。この国は、とことん、被害者の声、女の声を聞かないのだ。

「ハーグ条約」を日本政府が締結したときもそうだったが、激しい反対の声をあげたのはDV被害を受けてきた女性たちだった。そしてあのときとまったく同じように、今回も逃げるしかない女性たちの必死な声は届かない。被害をいくら訴えても「子どもの利益を最優先に考えるべきだ」「ハーグ条約を締結していないのはG8で日本だけだ/共同親権ではないのは日本くらいだ」「母親による子どもの連れ去りで父親が子供と関わる権利が奪われている問題は見過ごせない」「DVがあった場合は別の措置を考えればいい」などという“正論”によって、DV被害者の声は封じられた。

 ハーグ条約に反対していた女性たちが恐れていたのは、まさにハーグ条約が共同親権の道を開くことでもあった。当時の新聞でも、ハーグ条約に賛成する人々たちが「これからは共同親権だ」と意欲的に語る様子が報じられている。「親ならば子供の利益を最優先に考えるべきだ」という「正しさ」は、「DV被害」を一部の特殊な例と矮小化し、「DVはDV、親権は親権、ごっちゃにするな」とDV加害者への恐怖を語る女性たちの「感情」をなだめてきた。

次のページ
反対の声をあげる女性たちの顔ぶれは