立木茂雄(たつき・しげお)/1955年、兵庫県生まれ。専門は福祉防災学・家族研究・市民社会論。とくに社会現象としての災害に対する防災学を研究(写真:本人提供)

 震災関連死を防ぐため重要な政策である広域避難だが、高齢者率が高い奥能登特有の課題が浮かび上がってきた。立木茂雄・同志社大学教授に聞いた。AERA 2024年3月4日号より。

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 広域避難を初めて大規模に行った災害という意味で、能登半島地震は、従来の大規模災害と一線を画する。広域避難は、要配慮者を守り「震災関連死」を防ぐためにも重要な政策だ。

 契機は2013年に災害対策基本法が改正され、国や県が広域避難の際の調整機能を担えるようになったこと。東日本大震災の教訓がある。福島の精神科の入院患者を自衛隊のバスに乗せ広域に移動させる際、法的根拠がなく調整に時間を要し、人的な被害が出た。そうした負の教訓があったため、2013年の法改正に至った。

 一方、奥能登ならではの課題も浮上した。災害現場に、介護や福祉の支援の手が圧倒的に不足していたと感じている。1月下旬に7市町で「福祉避難所」を開設できたのは、想定の2割しか開設されなかったという報道が相次いだが、想定を超える激甚災害下で2割開設できたのは現場の健闘が大きい。ただ、もともと高齢者率が高く、ケア人材が限られた中でなんとか維持してきた地域だ。ケアスタッフの多くが被災しており、早期から外部の介護福祉の支援者を被災現場に配備する体制を作るべきだったように思う。災害派遣福祉支援チーム「DWAT」など全国から外部の支援者が入ったのは、主に「1.5次避難所」の開設以降だった。

 さらに国や県が早くから広域避難を呼びかけており、外部からの支援を受け入れる受援調整の担い手たちも急性期の段階から入れていくべきだったのではないか。個々の暮らしや介護の状況に応じて次なる居場所へとつなぐ「心理社会的な調整」ができる人材が、広域避難政策には欠かせない。

また、一般避難所や集落に残された「埋もれた要配慮者」の存在も無視できない。なぜなら、1.5次や2次避難は必要な人が自分で申請する「申請主義」での手続きだからだ。要介護認定がついて、普段から福祉のサービスを使っている人は、 専門職が代わりに手を上げてくれる。だが、激変する環境の中で急速に不調に陥った人などは、伴走する専門職の不在により困っていても声を上げられない。困っている当事者を支援につなぐため、高齢者や障がい者に対応できる福祉人材を投入して個別に訪問する「ローラー作戦」は、ようやく始まったところだ。

 今、最も懸念されているのは、奥能登における介護福祉人材の流出だ。広域避難で外に出た要配慮者がやがて戻ってきた時に、支えるケアの資源が消えている可能性がある。戻ってきた人たちをどうケアするか。今こそ手だてを早急に用意していくフェーズにある。このままでは、人手不足により地元の介護・福祉事業所がつぶれてしまう可能性がある。被災した要支援者の受け入れは災害救助法の枠組みで補填されても、災害時にスタッフを雇用し続ける費用は、介護保険や障害者総合支援法上の制度では補填されない。公的な仕組みで雇用を守る、あるいはグループホーム併設型の仮設住宅や公営住宅を新設するといった、地域の介護・福祉事業が持続できる見通しを与えていく政策が助けになるだろう。

 被災現場で起きていることは数十年先の日本の未来の課題の縮図。「コンパクト化した町でうまく支え合おう」などと、地域住民で合意形成しながら希望のあるビジョンを共有し、未来の見通しをみんなで持つこと──。

 奥能登の課題解決への道すじは、人口縮小社会・日本の分水嶺(ぶんすいれい)である。

(ジャーナリスト・古川雅子)

AERA 2024年3月4日号に加筆