すぐれた作品は、組織の中の個人が、組織の空気を破って、作品の価値にかけるときにできる。テレビ東京のプロデューサーはそういう人でした。

 そして、この時の脚本家が、このコラムの14回で紹介した「#居酒屋新幹線」の脚本家、横幕智裕さんでした。彼のあげてきた第7稿を見たとき、プロというのはこういうものか、と本当に感心しました。

 第7稿は、被災した新聞社がいかに被災者に新聞を届けるか、という原作に忠実でありながら、枝葉をかりとり、実名で登場人物が描かれる感動的なドキュドラマにしあがっていました。

 原作にもあった26歳の記者のアンケートは、書けなくなってしまった女性記者のモノローグで再現されていました。

 河北新報社で社員とその家族を対象におこなわれた試写会では、涙を流しながらみる人も多くいました。

 そして、震災一年後に放送されたこのドラマでテレビ東京は、局始まって以来の日本放送文化大賞のグランプリを受賞し、東京ドラマアウォードも受賞することになります。

永遠に失われてしまった芦原さんの新たな創作

 2015年には、NHKと講談社の間で争われた辻村深月さんの小説『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』の映像化契約解除の事件での東京地裁の判決が出ました。

 この判決で「NHKは、原則として、本件小説に辻村の意向に反するような脚本を制作することは許されない」とされ原作者が合意できない場合は、ドラマ制作の途中でも映像化を白紙にできると確認されたのです。

 これは、ドラマの制作を白紙に戻されたNHKが講談社を約6千万円の損害賠償で訴えたものでしたが、請求はすべて棄却されました。

 6千万円の損害賠償訴訟を受けてまで、著作者人格権を守ろうとした講談社に比べて、今回の小学館の編集部の声明には唖然としました。

〈原作者である先生にご納得いただけるまで脚本を修正していただき、ご意向が反映された内容で放送されたものがドラマ版『セクシー田中さん』です〉

 これは、日本テレビの声明とそっくりです。それではなぜ著者は9話、10話でなれない脚本を自分で書き、あげく自死を選んだのか?

 原作の著作権が軽視されれば、そもそも最初の作品を作ろうとする人がいなくなる。

 連載途中だった芦原妃名子さんの『セクシー田中さん』の続きも新しい創作も永遠に失われてしまいました。

 そのことの意味を私たちは今一度よく考える必要があります。

 芦原さん、どうぞ心安らかに。

 ご冥福を心よりお祈りもうしあげています。

AERA 2024年2月26日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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