書類の日付が記憶を引き出すときに有効なのは、このようなシナリオで結びつけられているからです。あるものと結びついて、そのものを特徴付ける属性の一つになっているので、そのものや、関連する他のものを引き出すきっかけになるのです。この場合の日付は、いわば記憶を引き出すトリガーになっています。

 ただし、記憶は平気ですり替わることがあります。つかんでいる流れが必ずしも正しいとは限らず、その点は困ります。実際、私が正しいと思っている流れを事務所のスタッフや研究会の仲間たちから「正しくはこうです」と修正されることが増えました。すり替えが起こるときというのは、そのほうが自分にとって都合がいいとか、好ましいということです。こういう損得を抜きにして、そのほうが説明しやすいからやるときもありますが、いずれにしても無意識というコントロールがきかないところで行われているようなのでかなり厄介です。

 それでもこういう修正がすぐに入る環境は、かなり恵まれていると思います。これがないと自分がつくり上げた世界、悪くいえば自分以外の人と共通理解によって共有することができない妄想の中を、一人でふらふらと歩くことになってしまいかねません。脳になんらかの負担がかかって意識が一時的に混乱する、いわゆる「せん妄」は、認知症に似た症状であり、老害の人であるかのような扱いを受ける恐れもあります。可能であればなるべく避けたいものです。

 まわりの指摘で記憶のすり替えが起こっているのがわかれば、その都度修正していくことでまわりとの共通理解をはかることができます。自分が歩く道がしっかりとしたものになるのです。この修正はプライドなどが邪魔をして簡単にいかないこともあるようですが、卑屈にならないように気をつけながら、謙虚に取り組んだほうが自分にとってプラスになります。私もそう考えて、まわりの指摘を謙虚に受け入れるようにしています。

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畑村洋太郎

畑村洋太郎

1941年東京生まれ。東京大学工学部卒。同大学院修士課程修了。東京大学名誉教授。工学博士。専門は失敗学、創造学、知能化加工学、ナノ・マイクロ加工学。2001年より畑村創造工学研究所を主宰。02年にNPO法人「失敗学会」を、07年に「危険学プロジェクト」を立ち上げる。著書に『失敗学のすすめ』『創造学のすすめ』など多数。

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