「首都高を車で通るたび目に飛び込んでくる異様な外観は、子どもの目にもインパクトがありました。丸窓からどんな風景が見えるのか、ずっと気になっていましたが、たまたま売り物件が出たタイミングで購入できました」
仲間を増やして
カプセルに設置された丸窓は宇宙船の内部をイメージさせる。この丸窓から眺めた夜の首都高の幻想的な光景は忘れがたいという。そんなカプセル生活を満喫してきた住人らでつくるコミュニティーが2014年に設立したのが保存・再生プロジェクトだ。カプセルを交換することで半永久的に持続していくことを目指した黒川の「メタボリズム」の実現を図ったものの、結果的にカプセルは交換されることなく解体された。
一方で、オーナーらは計140のカプセルのうち23カプセルを解体時に取り外して修復保存し、国内外の美術館や商業施設での展示、宿泊施設やギャラリーとして運営する「カプセル新陳代謝プロジェクト」を発足。中でも前田さんが感慨深く語るのが、カプセルをトレーラーに積載して各地のイベントに持ち運びできるようにした淀川製鋼所の活用例だ。黒川には「カプセルはモビリティー」との考えがあり、引っ越し時にカプセルごと移動することも想定していたという。
「解体されて初めて黒川さんが本来描いたメタボリズム建築のコンセプトである『カプセルの移動』も実現し、メタボリズムが完成したとも言えます」(前田さん)
保存再生を図る上で大事なのは「仲間を増やすこと」だという。解体が決まるまでは月単位で住めるマンスリーカプセル制度も導入した。ファンが広がりSNSなどで情報発信する人が増えたことで、解体後の活用アイデアも続々寄せられたという。前田さんは言う。
「カプセルタワービルはハードとしても魅力的でしたが、それ以上に黒川さんの意図した世界観やコンセプトはいろんな人を引き寄せる吸引力がありました。次世代に引き継いでいくのは責務だと考えています」
カプセルは今後、欧米やアジアなど複数の海外の美術館でも展示予定という。
速すぎるスピード
守るべき建築物、都市景観とは何なのか。前出の関西大学の橋寺さんは「ゆるゆる残す」ことに意義があると言う。
「いま文化財指定されている建築物も、建設当初から価値を見いだされていたのではなく、たまたま災害を免れ、解体もされずに残ったものも少なくありません。そう考えれば、現在の評価はあいまいでも、『ゆるゆる』と使い続けることで後世の財産になるかも、とどこかで感じてもらうことが大切なのかもしれません」
そしてこう続けた。
「少なくとも30〜40年間、世の中に姿を現していたビルはランドマークでなくても、街の風景の一部としての価値はあると思います。30年、40年でなくなる建物は多いですが、そんな世の中のスピードってちょっと速すぎると思いませんか」
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2024年2月19日号