戦後の高度経済成長期に建設されたビルの多くが、老朽化のため解体か改修かという岐路に立たされている。ビルの「終活」の現在地を探った。AERA 2024年2月19日号より。
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「なぜ建て替えないといけないのか全く分からない」
こう嘆くのは建築家の大宇根弘司さんだ。日本建築家協会の会長も務めた建築界の重鎮。モダニズム建築の巨匠、前川國男(1905−86年)のもとで学んだ。前川の代表作の一つが、東京・丸の内に最初に建てられた高層ビル「東京海上日動ビル」(1974年完成)だ。同ビルは2021年3月に東京海上ホールディングス(HD)と東京海上日動火災保険が建て替えを発表。これを受け、大宇根さんら前川の事務所で勤務経験のある建築関係者が中心になって存続を要望してきたが、解体の歯止めはかからなかった。
赤茶色のタイルが張られた格子状の外壁が目を引く旧本社ビルは、ガラスのカーテンウォールのビル群の中で異彩を放ってきた。設計段階の60年代には皇居を見下ろすビルの高さをめぐって「美観論争」も巻き起こした。その歴史的価値について大宇根さんはこう強調する。
「大事なのは、市民が建物の前に立った時に感銘を覚えるかどうかです。今回は保存運動の輪が広がらず、建築物の価値に対する社会の関心が高くないことを痛感させられました。それが本当に残念です」
遺構などの展示検討
同ビルの保存を呼び掛ける著作を刊行。その後、市民向けイベントを通じて建築物や景観の価値を発信する「市民・建築ネット」を発足し、活動の幅を広げている。大宇根さんは言う。
「建築の固有の文化を大事にしないと都市景観は破壊されるばかりで、人々の心のよりどころも失われます。建築や景観が人間にとっていかに大事なものかを訴え続けたい」
東京海上側は、災害対応力や環境性能などを一段と強化するためとして本社ビルの建て替えを進める一方、3Dデータとして保存するなど旧本社ビルの記憶の継承にも取り組んでいる。新本社ビルの一角にアーカイブを設け、旧本社ビルの遺構などの展示も検討しているという。2028年度完成を目指す新本社ビルは、木の使用量が世界最大規模となる高さ100メートルの「木造ビル」として注目を集めている。
災害が多く、スクラップ・アンド・ビルドの激しい日本。大阪のメインストリート、御堂筋でも高度経済成長期のビルの建て替えが進む。