「放出には納得はしていません。『関係者の理解なくしていかなる処分もしない』という約束を守っていただけなかったのが一番。(海洋放出は)やめてほしいと、今も思っています」
祖父の代から漁師で、ヒラメをメインに「常磐もの」と呼ばれ市場で高く評価される魚介をとってきた。心配していた風評被害はないが、魚の単価は原発事故前に比べ2~3割安くなったという。
次男(41)も後を継ぎ、今も一緒に月10日、漁に出る。次男はまだ独身だが、将来結婚して子どもができれば、同じように後を継いでほしいと話す。
「海への放出の影響が今後どのぐらい出るか、今はわかりません。子々孫々、この海で生活できるようになってほしい」
「約束」を軽んじ、強行する海洋放出に、納得していない住民も少なくない。
怒りを持って提訴
福島県沿岸部のいわき市に住む織田千代さん(68)は言う。
「処理水として海に流すことは、人の手で放射能を広げることだと思います」
宮城県の出身。23歳のとき、結婚を機にいわき市に移住した。海のそばで暮らし、おいしい魚と豊かな環境に恵まれ、穏やかに暮らしてきた。そこを原発事故が襲った。
目に見えない放射能におびえ、事故前の日常が奪われた。14年、「海を守りたい」という思いから、仲間たちと「これ以上海を汚すな!市民会議」を立ち上げ、共同代表になった。
「海は生命の源、この世界に生きるすべての生き物のふるさとです」(織田さん)
定期的に放出反対のデモや集会、学習会などを行い、その様子をSNSで世界中に発信する。
そして昨年9月、福島県内外の住民や漁業関係者らとともに、処理水の海洋放出の差し止めなどを求め、国と東電を福島地裁に提訴した。海洋放出の差し止めを求める訴訟は全国初。11月初旬には追加提訴し、原告は約350人に膨れた。
訴状には、原発事故と海洋放出という「二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りを持って提訴する」と書かれた。
織田さんは、「海洋放出は福島だけの問題ではない」と訴える。
「海洋放出は大きな環境問題です。放出された水にトリチウム以外にどのような放射性物質がどの程度含まれているか、それがどんなふうに広がり、海の生物にどんな影響が出るのかわからないままです」
しかし、「薄めて海に流せば大丈夫」と国や東電が宣伝する中、放射能について考えることをやめる人が増えていると感じると、織田さんは言う。
「(放射能のことは)考えない方が楽です。しかし、考えないことによって、新たに放射能を広げることになってしまいます。平穏に暮らす生活が奪われないためにも、未来の子どもたちに美しい海を手渡すためにも、一人一人が自分事として考えてほしい」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2024年2月19日号