AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
毎日のテレビニュースや新聞で大きなスペースを割かれるスポーツ。近年ではその影響力の大きさから、「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みを覆い隠す行為」として「スポーツウォッシング」が注目され始めた。本書はその歴史や背景を考察しながら、関係者へのインタビューも交えて、スポーツや選手たちを消費し物事を深く考えない「我々自身」への問いも突きつける。『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』の著者である西村章さんに同書にかける思いを聞いた。
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スポーツを観るのが好きだ。だが最近は素直に熱狂できない。特に世界的なスポーツ大会では利権や搾取が問題になるのに、メディアの大騒ぎに隠されていくのが嫌だ。そんな屈託を抱えていた時に本書を読んだ。著者の経験と取材・分析に基づいた論考、ラグビーの平尾剛氏・スポーツジャーナリストの二宮清純氏・柔道の山口香氏らスポーツ関係者へのインタビューをはじめ多角的な内容で構成されており、目が開かれる思いだった。西村章さん(59)はオートバイのMotoGPを中心に活躍してきたスポーツライターである。海外取材も多い。
「この問題を重大な人権侵害として自分で意識したのは、カタールでMotoGPが始まって10年ほど経った2010年代半ばのことです。友人のイギリス人ジャーナリストがカタールにおける重大な人権侵害を批判して、現地取材をボイコットし始めたんです」
カタールをはじめとする湾岸諸国には移民などの出稼ぎ労働者のパスポートを雇用主が預かって管理する「カファラシステム」がある。どんなに過酷な労働現場にいても、パスポートがなければ母国に逃げ帰ることすらできない。しかし、スポーツの熱狂はいつしか大きな問題を覆い隠していく。