卒業が近づいてくると、星野さんは八木さんに、「どうするの、家業は継ぐの?」と、親身になって相談に乗ってくれたという。
「星野さんの家でいろいろな写真集を見せていただいたのですが、なかでも水越武先生が写した自然風景はとても印象的で、水越先生から学びたいと思った。それで、星野さんに紹介していただいたんです」
星野さんと水越さんは86年、平凡社のネイチャー雑誌「Anima(アニマ)」の編集部で初めて出会って以来、深い交流があり、お互いに写真家として尊敬していた。
しかし、なぜ八木さんは星野さんに師事しようと思わなかったのか?
「星野さんとはちょっと距離をとったほうがいいかな、という気持ちがありました。それはもちろん、人間的に、という意味ではありません。当時はまだ『先住民の家族を撮ろう』とか、具体的なことは決めていませんでしたが、思い描いていた作品のテーマやフィールドがあまりにも似通っていましたから」
93年、大学を卒業すると水越さんに師事し、自然と向き合う姿勢を学んだ。それと並行して、翌年から先住民族の集落を訪れ、家族の写真を撮り始めた。その後、撮影エリアはアラスカからカナダ北部、グリーンランドに広がった。
撮影は「天気が親分」
先住民の家族を写すには最低でも10日から2週間は必要という。
「まず、現地で撮影テーマに沿った3世代の家族を捜し出すのが大変です」
小さな村であれば入国後、現地の役場のような機関に電話して、協力を依頼する。
「こういうテーマで撮影している写真家なんですが、と電話口で説明すると、日本では想像しづらいですが、意外と協力してくれる人がいるんです。電話に出た人が『うちの家族はこうなんだけど』と、すごく親身に対応してくれて、その人の家に泊めてもらい、写真を撮らせてもらったこともあります」
テーマに沿った家族が見つかっても、なかなか全員が集まることは難しく、撮影できる日は限られるという。
「特に男性は、狩猟に出かけてしばらく帰ってこないことがありますから」
さらにフラストレーションがたまるのが天候待ちだという。家族が暮す環境を写し込みたいので、撮影は必ず屋外で行う。その際、大型カメラは風にあおられやすいので、晴れていても風が強い日は撮影できない。10月から2月にかけては日照時間が極端に短いうえ、天気が荒れることが多いので、基本的にそれ以外の季節に写すのだが、それでも天気が急変することはしょっちゅうだという。
「以前、『Silat Naalagaq(シラ ナーラガ)』という題名の写真展を開いたことがあります。グリーンランド北西部のイヌイットが日常的に使うフレーズで、直訳すると『天気が親分』っていう意味です。先住民の狩猟と同様に、写真を撮るのも天気次第というわけです」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】八木清写真展「ツンドラの記憶」
PGI(東京・赤羽橋) 1月17日~2月22日