元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 能登半島地震で、発生から半月経っても水が確保できる見込みが立たないという報道に、阪神大震災の時の記憶が蘇る。ライフラインの中でも電気は比較的早く復旧したが、水とガスの復旧は長いあいだめども立たず、発生数日後に神戸の自宅から線路を長時間歩いて大阪の会社に出社した後は、そのまま大阪府内にあった独身寮に身を寄せしばらく暮らしたのだった。

 水道の重要さなんてそれまで考えたこともなかったのだ。蛇口をひねれば、レバーを押せば水が出ることがいかにすごいことか、地震発生直後の混乱の中、近所の避難所のトイレを見て初めて事態の深刻さを知った。その後、遠くの小さな町の名前が書かれた給水車が近所の坂を上がってくるのを見て「助けに来てくれたんだ!」と涙が出た。

 そう、水がなくて何が困るかといえば、飲み水を別とすれば圧倒的にトイレであろう。食べて出すのが生き物なので、「出す」が滞ればたちまち健康もひいては生存も脅かされてしまう。そう改めて考えると、これは水洗トイレが当たり前になった現代特有の問題だということにも気づく。我らが生存を全面的に委ねきっている水洗トイレは、実はとても壊れやすいシステムだったのだ。過密な東京で同じことが起きたらトイレ問題は地獄の様相となろう。

被災地の苦闘が続く中、あれから29年の写真。「頑張ろう石川能登」は神戸っ子共通の思い(本人提供)

 そして今という時代を考えると、これは災害時に限った問題ではないと思い至る。人手不足の深刻さが急速に浮上してきた日本で、上下水道を維持する体力をどこまで維持できるのか。慌ててコンポストトイレについて調べたりしている私である。

 生きていくのに何が必要かなど、平時は突き詰めて考えない。今どきそう問われれば、多くの人が「スマホ」と答えそうだ。でも本当に欠かせないのは「空気と水と火」である。空気が吸えなければたちまち死んでしまうし、水が飲めなければ数日で死に至る。場所によっては火で暖を取らねば命に関わるだろう。どれも忘れてはいけない、しかし喉元過ぎればすっかり忘れていたことばかりである。

AERA 2024年1月29日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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