哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 2024年は波乱のうちに明けた。これからの1年間の激動を予感させる年明けだった。

 今年は米大統領選挙がある。トランプが再びホワイトハウスの主になったら、米国の国民的分断と国力の衰微(きすう)にはもう歯止めがかからないだろう。

 ウクライナ戦争の帰趨も先が見えない。

 ガザでの虐殺がいつ終わるのかも分からない。仮にガザの停戦調停が成っても、誰がパレスチナの戦後体制をハンドルできるだろう。米国はもう二度と中東にはコミットしないだろうし、戦争中のロシアには中東にかかわる余力がない。中国はしばらく様子を見るだけで動かないだろう。サウジかイランかトルコがこれからの中東のキープレイヤーになると思うが、彼らが何をしたいのか、私にはよく分からない。

 台湾有事の可能性についても先が見えない。北朝鮮が何をしても私たちはもうあまり驚かなくなったけれど、だからと言って金正恩がいきなり「想定外」なふるまいをするリスクが減じたわけではない。

 先行き不透明な2024年だが、「五里霧中」はいつの時代でも同じである。そして、どこかで必ず「ゲームチェンジャー」が登場するはずである。それは思いがけない時に、思いがけないところから登場する。その時に肝をつぶさないように心の準備だけはしておきたい。

 日本はどうなるだろう。自民党政権はもう命脈が尽きかけている。でも、どういうかたちで自民党支配が終わるのかは分からない。ただ、組織として復元力がなくなっているのは確かである。強い衝撃が加えられたら瓦解するだろう。

 自民党は効率的に管理された上意下達的な組織だけれども、20年間かけて過剰に均質化されたせいで多様性を失ってしまった。同質性の高いシステムは「突然死」するとリスク論は教えている。たぶん、その法則は正しいだろう。

 でも、「その後」が見通せない。衰弱した自民党が延命を図って野党を巻き込んだ連立政権を作ろうとするのか、野党が共闘して政権交代をめざすのか。私には予測がつかない。でも、今年「何か予想外の出来事」が起きることだけは確かである。

AERA 2024年1月29日号

著者プロフィールを見る
内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹の記事一覧はこちら