「両親につらい思いをさせてしまった」と振り返る

――デビュー後、精神疾患を公表して活動していました。

 社会にはいろいろな人がいます。障碍者を色眼鏡で見て心ないことを言うディレクターがいたし、先輩の芸人の中にも悪気はないのかもしれないけど、障碍をいじる人はいました。松本ハウスの出演が決まっていた番組で、番組の方から「今回はごめんなさい」って出演に急にストップがかかったり。でもそういう人ばかりではない。芸を笑ってくれたり、障碍を理解してくれたりする方もたくさんいます。そこは忘れないようにしています。

少しずつ続けたから前に進めた

――統合失調症の症状が悪化して99年に芸能活動を休止。10年後に活動を再開しました。

 活動を休止して精神科病院に入院した時は、先のことなんて何も考えられなかったです。自宅療養中に芸人として舞台に戻りたいと思いましたが、あとから考えてよかったのはスモールステップを刻んだから。いきなりお笑いの世界に復帰しようと大きなステップだったら踏み外したり、届かなかったりしたと思います。「今日は少し本を読もう」とか、「アルバイトで働いてみよう」とか、自分のできる範囲でできることを少しずつ続けたから前に進めたと思います。

両親のことは尊敬しているという

――活動を再開して14年が経ちました。ご自身の人生を振り返っていかがですか。

 恵まれた人生だと思います。両親のことは尊敬しています。うちの親はちょっと変わっているんです。父の知り合いの方から「変わり者の加賀谷さんの息子ですか?」って聞かれて(笑)。その時に、「変わり者と思われても家族のために一生懸命働いてくれていたんだ」ってしみじみ感じました。母さんは天然ですね。言えませんが、凄いエピソードがいろいろあります。精神疾患になったけど、両親に恨みはありません。小学生の時の受験勉強でああなってしまったけど、僕が中学受験に向いていなかったということです。当時は受験戦争が熾烈な時代で、子供によい教育をしなければいけないという使命感が親にもあったと思う。中学で統合失調症を発症した時、親は罪悪感を覚えたと思います。僕のせいですよ。つらい思いをさせてしまった。でも、ずっと支えてくれたんです。感謝の思いしかありません。

(平尾類)

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