世界中で、戦争や紛争が起きている。どうすれば戦争を止めることができるのか。精神科医で筑波大学教授の斎藤環さんは、「『開かれた対話』が役立つ可能性がある」と指摘する。AERA 2024年1月1-8日合併号より。
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心理学者のフロイトは、人間には破壊を求める「死の欲動」が備わっているから戦争が起きると考えました。しかし、フロイトが生きた19世紀後半から20世紀半ばと現代とでは、かなり様変わりしています。現代は人間の欲動は昔ほどむき出しになっておらず、暴力に抵抗する感受性はむしろ高まっていると思います。
では、なぜ人は戦争を起こすのかと言えば、たとえばロシアのウクライナ侵攻は、プーチンの狂信的な動機付けがなければ極めて考えにくいことでした。独裁的な指導者が一人いると、戦争を止められないという問題が露呈したと思います。そう考えると、なぜ人は戦争をするのかというより、なぜ特殊な動機を持った人間の残虐な行為を抑止できないのか、ということのほうが問題だという気がしています。
抑止できないのはなぜかと考えると、プーチンのような権威主義的な指導者層の考えが、メディアを通じてあっという間に人々に伝播し、巻き込んでいく傾向が昔より強まっているからだと感じます。あるいは、SNSでは自分と似た意見ばかりが目に入るエコーチェンバーが起きるので、指導者は自分への賛成意見だけでモチベーションを高めることにもなっていると思います。
戦争を止めるにはどうすればいいか。これには、精神科の臨床現場で効果が実証されつつある「オープンダイアローグ」という「開かれた対話」が役立つ可能性があると考えています。例えば、ロシアとウクライナ、イスラエルとハマス、それぞれ中枢にいる人間が輪になって対話を重ねていくのです。ただし「対話」といっても、説得や議論ではありません。
対話の条件は次の通り。完全な密室で行う、対話の内容は報道されない、結論を出さない、結論が出てもさしあたり政策には反映させない──などです。
結論をなぜ出さないかと言えば、結論を出すということは、結論が政策に反映されると考えるからです。その結果、話し合いは建前のぶつかり合いになってしまうでしょう。戦争をしている両国が互いの大義をぶつけ合うだけでは対立を乗り越えることは難しいと思います。
話し合うのは、いま感じていること、いま思っていることです。つまり、主観と主観の交換であり、互いの主観の共有です。これで終わりです。そのことで、議論よりも互いの立場を深く理解できるようになることが期待できます。