西郷隆盛もかかったといわれる「リンパ系フィラリア症」という熱帯病がある。「その撲滅に命をかけてきた」と言い切るのが一盛和世さん(72)だ。学生時代に「蚊が媒介する病気」に興味を持ち、青年海外協力隊員として25歳でサモアに赴任。それからロンドン大学衛生熱帯医学校に学んで博士号(PhD)を取得し、世界各地をめぐって熱帯病とたたかってきた。海外生活は30年を超す。「プライベートなしにやってきた」という一盛さんは、どんな道を歩んできたのだろう。世界保健機関(WHO)の最新報告によると、蔓延国72のうち19カ国が制圧を達成した。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
【写真】1999年、サモアで象皮病の患者さんの足を洗う一盛さん
フィラリアは人生を変えてしまう
――初めてお話を聞いたのは2018年、私がまだ朝日新聞で働いていたときで、「ひと」欄の取材でした。2022年に読売国際協力賞を受賞されたこと、誠におめでとうございます。
ありがとうございます。副賞が結構大きな金額だったので、これをどうするか考えたんですね。私はフィラリア症をなくすことに命をかけてきた。フィラリアというのは細長い糸のような寄生虫で、人のリンパ節に入り込むと手足がグローブのようになってしまう「象皮病」を起こしたり、陰嚢や乳房をとてつもなく腫らしたりする。人はこれで死ぬことはないけれど、外見がひどく変わってしまう。人生が変わってしまうんです。
フィラリアが産んだ仔虫は血液の中を泳ぎ回り、その血を蚊が吸って別の人を刺すことで病気が広がる。だから、蚊の駆除やボウフラが発生しそうな環境をなくすことが予防法の一つですが、フィラリアの仔虫を殺す薬がある。残念ながら親虫を殺す薬はない。でも、蚊に刺される可能性のある人、つまり住民全員が毎年1回、5年続けて薬を飲むと、新たな病気の発生はなくなる。こうなれば、この地区ではフィラリア症の感染がなくなり制圧されたことになります。
それを世界中の蔓延地域で展開するのが私のライフワークですが、いろいろ考えたら本当はやっちゃいけないことかもしれないんですよ。だって多様性が大事といわれている時代に一つの生物を地上からなくそうとしているわけだから。でも、私は人類側に立つ。人類の立場からしたら、こういう病気を起こすものは敵じゃないですか。だからたたかうと、腹をくくりました。誰に何と言われようが私は同胞を助ける。その代わり、私の命をあげるって思ったんです。
――誰にあげるんですか?