70歳を過ぎても性愛を求める幸に対しても、無鉄砲ながら逞(たくま)しい智奈美に対しても、白石さんは一貫して優しい眼差しを向ける。

「嫌なことは書きたくないんですよ」と、白石さんは言う。

「人間関係において100%自分が正しく、相手が間違っているなんてあり得ないですし、実人生においては、自分と接してくれた人のことを一面的にしか見ていなかった、と気づく瞬間もある。誰がいい人間で誰が悪い人間かなんて単純化はできないし、人間に対しては開いていかないといけない、と思いますね」

 志乃も勇も、ときに不可抗力と言える悲しい経験を重ねてきた。それでも読み終わって感じるのは、感情の起伏があった方が人生は味わい深いものになる、ということだ。

「面倒に感じることもあるかもしれないけれど、色々なことを経験し広く人と付き合ってみたほうがいい、と僕は思う。『こうだ』と思い込んできたことも、実はそうではなかったんだ、とわかるようになるからね。答えはわからなくとも、生きている限りは自分に問い続ける作業を続けていくわけだから、感覚が磨かれ、より繊細なレベルで物ごとを感じられるようになる」

 志乃がかつて経験した悲しみの場面に再び向き合うことになるラスト。映像では描き切れないであろう、豊かで美しい文字だけの世界が広がっている。(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2023年12月18日号

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