AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
夫と死別した志乃と、離婚し一人で暮らす勇は、若い頃の恋愛とは趣の異なる感情で引き寄せられていく。「出会いのシーンに、碁石を置くように『あなた』という言葉を置いた」と白石さんが言う通り、やがて明かされる真意、そしてタイトルが持つ言葉の深さに圧倒される『かさなりあう人へ』。著者の白石一文さんに同書にかける思いを聞いた。
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ケチャップを盗み、スーパーから飛び出してきた女が駐輪場にいた男に「あなた」と声を掛け、二人は咄嗟に夫婦を装う──。白石一文さん(65)の新刊『かさなりあう人へ』は、そんな強烈な出会いで幕を開ける。
40代半ばの志乃と50代に差し掛かったばかりの勇。パズルのピースが一つでも欠けていたら成立することのない、偶然の出会い。結婚、離婚、死別と、押し寄せる荒波を乗り越えてきた人間同士として、二人は心を重ねていく。「活字で描こうとしているのは、僕ら年齢を重ねてきた人々が経験してきた神秘性みたいなもの」と白石さんは言う。
「曖昧に書いてはいますが、色々な人が一つに繋がっているという感覚はある種、偶然や必然を超えたもの。僕たちが実際に人生で感じ取っているのは、そうしたものを遥かに超えたものではないか、という思いはありますね」
志乃は、亡き夫の母親である幸と暮らす。また勇の高校生の娘、智奈美は不思議と志乃を慕う。
血縁関係のない母娘について尋ねると、「深く考えて書いたわけではないんだよね」と軽やかにかわしながらも、「血縁から離れれば離れるほど、人間関係はバリエーションが豊かになる」という言葉が返ってきた。人間は一人では生きられない。だからこそ家族から離れ、パートナーとともに世界を広げていく。他人と関わり、外に羽を広げていくことは、家族と反りが合わないときのリスクヘッジにもなるのだ、と。